内容説明
耳の中に棲む私の最初の友だちは
涙を音符にして、とても親密な演奏をしてくれるのです。
補聴器のセールスマンだった父の骨壺から出てきた四つの耳の骨(カルテット)。
あたたかく、ときに禍々しく、
静かに光を放つようにつづられた珠玉の最新作品集。
オタワ映画祭VR部門最優秀賞・アヌシー映画祭公式出品
世界を席巻したVRアニメから生まれた「もう一つの物語」
「骨壺のカルテット」
補聴器のセールスマンだった父は、いつも古びたクッキー缶を持ち歩いていた。亡くなった父の骨壺と共に、私は親しかった耳鼻科の院長先生のもとを訪ねる。
「耳たぶに触れる」
収穫祭の“早泣き競争”に出場した男は、思わず写真に撮りたくなる特別な耳をもっていた。補聴器が納まったトランクに、男は掘り出したダンゴムシの死骸を収める。
「今日は小鳥の日」
小鳥ブローチのサイズは、実物の三分の一でなければなりません。嘴と爪は本物を用います。
残念ながら、もう一つも残っておりませんが。
「踊りましょうよ」
補聴器のメンテナンスと顧客とのお喋りを終えると、セールスマンさんはこっそり人工池に向かう。そこには“世界で最も釣り合いのとれた耳”をもつ彼女がいた。
「選鉱場とラッパ」
少年は、輪投げの景品のラッパが欲しかった。「どうか僕のラッパを誰かが持って帰ったりしませんように……」。お祭りの最終日、問題が発生する。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
433
5つの作品からなる連作短篇。ただし、最後の「選鉱場とラッパ」だけは他と直接の繋がりはなく、隠喩的な連関において物語に内包される。すなわち、それは貝と耳との内部構造の相似による連想である。そして5つの作品を内的に同じ地平に置くコードはノスタルジーである。いずれの作品も作品内の時間が明記されることはないが、そこで描かれているのは1950年代~60年代の情景である。それは失われた時であり、胸の底に潜む不思議な懐旧の念である。さらに言えば、全体を包み込むのは静寂である。それは物理的にもそうだし、また精神の営為に⇒2025/04/20
starbro
298
小川 洋子は、新作中心に読んでいる作家です。著者ならではの世界観の連作短編集、オススメは、「骨壺のカルテット」&「今日は小鳥の日」です。 https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=00003960882024/11/21
さてさて
297
『自分の提供した補聴器で、顧客の耳の穴が塞がれるたび、セールスマンさんはなぜか安堵を覚えた』。『補聴器販売員』の男の存在が五つの短編を一つに紡いでいくこの作品。そこには、モノにこだわる小川洋子さんらしさ満載の物語が描かれていました。グロテスクな表現がさりげなく登場するこの作品。”小川洋子ワールド”全開に描かれていく物語の中に「耳に棲むもの」という一見摩訶不思議な感覚が静かに密やかに綴られていくこの作品。五つの短編にさりげなく挿入された挿画がやわらかく醸し出す雰囲気感にもとても魅了される印象深い作品でした。2024/10/10
旅するランナー
227
古びて蓋のへこんだクッキー缶に収集された、耳に棲むもの、耳に聞こえるもの、閉じ込められたもの。静謐で不可思議な物語の中に、人生に大切なものが見えてくる。小川洋子ワールド全開な連作短編集。山村浩二氏による挿絵も味わい深い。2025/03/14
bura
179
「私の最初の友だちは…耳の中に棲んでいました。」補聴器を売る年老いたセールスマンが死んだ。かかりつけの老医が骨壷の中から4つの骨を取り出し娘に見せる。それはカルテットであり父だけに聞こえる音楽を奏でていた者たちであると言う。セールスマンが巡った地で出逢った人達との交流が描かれた5つの連作短編。彼が持つ古びたクッキー缶の中のだんご虫の死骸やガラクタは人生の欠片であろう。その閉された安全な宇宙に彼は永遠に生き続けるのかも知れない。詩集を読むようなファンタジックな物語。奇妙な映像感が心に残る。2024/11/28