内容説明
ドゥルーズにとって諸芸術はどんな意味を持つのか。美学を適用するための倫理を探りながら、日本批評の「否定神学批判」の射程距離をも探る。俊英による日本現代思想の新たな展開がここに!
◎千葉雅也氏絶賛!
博士論文をもとにした著作に、人々の価値観を根底から揺さぶろうとする気合いを込める――今や往年のあり方となりつつあるその禍々(まがまが)しいまでの熱意を、久しぶりに読んだ。芸術と哲学の距離。そして、ものごとの自律性を改めて肯定すること。何もかもをクリエイティブだと言って微笑むようなこの時代に、創造性とは何かをゼロから問い直す。
◎内容
非美学は、批評の条件についての哲学的思考である。
非美学は他者から〈眼を逸らす〉ことの意味を思考する試みである。
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哲学を「概念の創造」として定義したドゥルーズにとって、芸術を通して概念を創造する批評とは何だったのか――
ドゥルーズに伏在する「言葉と物」の二元論から、今世紀の日本の批評を導いてきた「否定神学批判」の限界に迫る、
俊英による真の現代思想がここに!
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他者から〈眼を逸らす〉ことの意味は、いかにして思考可能なのか?
われわれの現代思想はここから始まる!
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
しゅん
7
「哲学は現在から身を躱し、芸術は現在のうちに新たな肉の可能性を穿つ。」本書は、 ドゥルーズにおける哲学と美術の関係を主に論じる。芸術が現在における可能性を物質的なものに変えるのに対し、哲学は現在から物質を遠ざける。哲学によって、〈疎〉=距離を置くための緩衝地帯=領土=家が生まれる。哲学に必要な、目を逸らす=〈疎〉の行いが、不信を保ったままのを「友愛」のきっかけとなる。本書の主張はおおよそ以上だろうか。著者の意識には、関係の密度が濃くなってしまった時代をどう生きるか、という問いがあるように思える。2025/02/10
め
3
面白かった。決め打ちのテーマと限りなくふわっとした「本当に考えたいこと」に挟まれて身動き取れなくなってる時に読んで、内在的なテクスト読解と大きな問いを往復する道はまだ残っていたんだ!と、哲学プロパーとして励まされた。著者が黙殺されて怒るのもわかるし、郵便本や動きすぎては~が「否定神学批判」みたいなテーマではなく思考プロセスそのもののドキュメントだから面白かったのだということも思い出させてもらった。2024/12/07
takao
2
ふむ2024/12/09
ヤマニシ
2
「非美学は他者から〈眼を逸らす〉ことの意味を思考する営みである。」(p363)2024/08/14
キャラ
0
わかりにくい箇所を、敷衍しようとした結果、更にわからんレトリックが出てくるため、結局前後で合致しているのか、演繹しているのか、判然としないことが多い。内在平面について語りつつも、自分だけの言語と思考により、超然として映ってしまうような、完結した「哲学」は避けたい。ただ、全くわからないと放擲すべきではない。6章以外はドゥルーズの著作から1つの系譜(差異から生じる異質性の経験により、固定化された理念や形式から脱して、感性と実践が結ばれる変容の条件を見出す)を探究していき、6章に説得力を含ませるための長い前座。2025/11/10




