内容説明
本書は、著者の第4子で重度の知的障害者である星子さんとの暮らしや、津久井やまゆり園事件の犯人「植松青年」との手紙のやりとり、また1977年から通った水俣の地と水俣病などについて、10代の3人の若者に語った記録である。能力主義と優生思想、人とのかかわり、個・自立・責任、差別、脳死、人の生死といのち……などをめぐって話しあい、いのちに価値づけはできるのか、「共に生きる」とはどういうことかを考える。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
どんぐり
90
ほんとうに大事なことは「あいだ」の中にある、をコンセプトにしたシリーズ。本書のテーマは〈いのちと価値〉のあいだ。著者は、ダウン症の重複障害をかかえる星子との生活の記録『星子が居る』の社会学者最首悟さん。「人に価値の差をつけて人を殺す」相模原障害者施設殺傷事件を取り上げ、中高生の若者3人との対話形式で、いのちは生と死とともにあることを語り、価値は測れるものなのかと疑問を投げかける。終わりのほうでは、水俣病患者の苦しみのなかで「ことばを焚いてきた」石牟礼道子さんについても触れている。このシリーズなかなかいい。2024/11/12
ネギっ子gen
55
【“わからない”が でんと行く手を待ち構えている状態で あれこれと考えていると 思いがけない言葉がやってくる】重度障害者の娘・星子と暮らす86歳の著者が10代の3人と、共に生きるとはどういうことかを考えた書。巻末に「いのちと価値のあいだをもっと考えるための作品案内」。著者は、<「人間」は「ひとのあいだ」と書きます。もとは「人が人といる場所」という意味です。そこから人そのものを意味するようになった。ということは、人にとって“あなた”がもともと不可分なのだ。/“二者性”という言葉が浮かんできました>と―― ⇒2024/09/30
ryohjin
19
3人の高校生が86歳の著者と対話し考えていきます。著者と障がい者の娘とのことから語り始め、能力主義、やまゆり園事件、優生思想、脳死の問題を話し、問いを発します。さらに自立と社会とすすみ、最終章では、水俣病と石牟礼道子さんが取り上げられ、差別や近代社会、アニミズム、いのちと価値について問い、考えていきます。すぐに答えはえられませんが、それぞれが自身に問い、考え続けねばならないことなのだと思います。最後に3人の高校生が語った言葉に心動かされました。この時代を作ってきた大人たちこそ読むべき本だと思いました。2024/10/23
paluko
9
障害者には生きる価値なし、という思想のもと殺人を行った犯人は「異常」「病的」という扱いを受けるが、では「少子高齢」や「移民の増加」を問題視したり「全員活躍」を謳う社会はどうなのか。ある属性の人口が不足だとか過剰だとか論ずることは結局、誰に生きる価値が(より)あるかという選別を行っているのと同じではないか? …など色々なことを考えてしまう。正直、この本に登場する星子さんは生きていて幸せなのだろうか?とも考えてしまうが、ひとの幸せを他者が判定するのも僭越の極み。割り切れない・割り切らないことの大切さを感じた。2024/05/21
せらーらー
8
能力がなければ生きていてはいけませんか?最首さんの娘、星子さんは、重度の障害を持っている。高齢夫婦で、会話もなく食事も排泄もままならない星子さんの世話をしているが、彼らは言う。星子が生きていること、それだけで幸せ、と。津久井やまゆり園で重度障害者を生きる価値なしと判断して惨劇を繰り広げた植松聖とは対局にいる。その植松と、拘置所にいるときに文通や面会をしたとある。個々人の生きる価値をわからない人と関係を持つということは、並大抵の気持ちでは無理だろう。中高生たちに問うた内容は、私の心にも引っかかりを与えた2024/07/31




