内容説明
平安前期、嵯峨天皇の皇后。奈良麻呂の変で凋落した橘氏に生まれるも、嵯峨の寵愛を受けて皇后にまで上り詰める。嵯峨の死後も仁明天皇の母として影響力を発揮し、承和の変ではその決断が結末を左右した。尼寺檀林寺を創建するなど篤く仏教を信仰し、晩年には橘氏の教育施設である学館院(がっかんいん)を設立。後世の「檀林皇后」像を取り払い、その実像に迫る。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
崩紫サロメ
12
橘嘉智子は嵯峨天皇の皇后で、祖父は反逆者として死んだ橘奈良麻呂、その祖母は橘氏の祖である橘三千代である。桓武天皇から淳和天皇までの時期は兄弟や甥への相続が続いたが、嘉智子の孫・文徳天皇への継承により直系相続が確立した。その過程で嘉智子の娘・正子内親王の子である恒貞親王が廃位された。嘉智子は法華寺十一面観音像などを通して、自身と光明皇后を重ねるイメージ戦略を採っていった。嘉智子は後に檀林皇后と呼ばれる。室町時代には禅宗との結びつきが、17世紀には女訓物のなかにあるべき理想的な女性として描かれた。2026/06/15
源義
1
橘嘉智子についてというよりも橘嘉智子の周辺を固めていくという印象。嘉智子本人に触れるのではなくその周りの橘氏、嵯峨天皇の他の女御・更衣、宗教活動(檀林寺、禅僧招聘)、学館院といった嘉智子に関わる物事の分析。故に橘嘉智子像は見えづらく、なぜ後ろ盾もなく皇后になれたのか、なぜ太皇太后として後宮に君臨したのに橘氏は繁栄しなかったのか、そして何よりも承和の変にどう関与したのか、知りたかったことはわからずじまいだったのは残念。2026/03/05
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