ちくまプリマー新書<br> 体育がきらい

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ちくまプリマー新書
体育がきらい

  • 著者名:坂本拓弥【著者】
  • 価格 ¥880(本体¥800)
  • 筑摩書房(2023/10発売)
  • ポイント 8pt (実際に付与されるポイントはご注文内容確認画面でご確認下さい)
  • ISBN:9784480684615

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内容説明

先生はエラそうだし、ボールは怖い!★体育なんか嫌いだ!という児童生徒が増えています。なぜ、体育嫌いは生まれてしまうのでしょうか。授業、教員、部活動。問題は色々なところに潜んでいます。そんな「嫌い」を哲学で解きほぐせば、体育の本質が見えてきます。強さや速さよりも重要なこととは? 「『体育』なんて好きにならなくてもいい」のです。最も重要なことは、みなさんが多様な他者とともに、自分自身のからだで、賢く、幸せに生きていくことです。そのためにも、たとえ体育の授業や先生、運動部やスポーツが嫌いになったとしても、みなさん自身のからだだけは、どうか嫌いにならないでください。(「おわりに」より)■はじめに/第一章 「体育ぎらい」のリアル/第二章 体育の授業がきらい「規律と恥ずかしさ」/第三章 体育の先生がきらい「怖くても、ユルくても」/第四章 運動部がきらい「体育教師らしさの故郷」/第五章 スポーツがきらい「残酷で、すばらしい文化」/第六章 そもそも運動がきらい「だからこそ、からだに還る」/おわりに

目次

はじめに/「体育ぎらい」への変なメッセージ?/これまでの体育ぎらい本との違い/「嫌い」と「好き」のあいだ/第一章 「体育ぎらい」のリアル/嫌いな教科第三位/「体育ぎらい」は昔から/二五〇〇年前のことを学ぶ意味/「体育ぎらい」をリアルに考える/なぜ「体育ぎらい」は目立つのか/「体育ぎらい」の原体験/からだの「かけがえのなさ」と「かえられなさ」/身体観=からだをどのように見ているか/健康診断と筋トレの身体観/スポーツジムやフィットネスクラブの人気/体育の敗北?/花火と踊るちびっ子/「体育ぎらい」と「運動ぎらい」/なぜ体育が嫌いになってしまうのか/第二章 体育の授業がきらい「規律と恥ずかしさ」/体育授業のイメージは「失礼シマース」?/「体育座り」のイロイロ/規律としての体育座り/整列、行進、身だしなみ/「跳び箱を跳ばなきゃダメ?」という難問/歴史をたどれば「体育=体操」だった/「なんで踊らないといけないの?」という難問/いわゆる「公開処刑」について/恥ずかしさの誕生/恥ずかしさと社会性/からだの記憶/本当は先生も恥ずかしい/恥ずかしさと他者/他者を感じるための運動/第三章 体育の先生がきらい「怖くても、ユルくても」/「先生が嫌い」と「教科が嫌い」/先生の「イメージ=像」/よく見られる残念なイメージ/怖そう──体育の先生と暴力/偉そう──生徒指導という役割/命令口調がイヤ/体育の先生は軍人的?/体育の先生はスポーツのコーチっぽい?/「君が論じている体育の先生は、男だけだよね」の衝撃と反省/ユルい体育の先生の姿/ユルい先生が「体育ぎらい」を生む?/先生の空回り、もしくは不幸なすれ違い/そもそも体育を好きにさせる必要はある?/「体育教師らしさ」の問題/第四章 運動部がきらい「体育教師らしさの故郷」/体育の先生と運動部活動/「体育教師らしさ」と運動部の関係/体育の先生は部活が好き/「部活=運動部」というイメージの強さ/帰宅部ってなんやねん!/運動部に所属しているか否か、それが問題だ?/「運動部が嫌い」を分けてみる/運動部じゃないけど運動部が嫌い/運動部活動と暴力の問題/生徒をコントロールしているという錯覚/「専門バカ」の「体育ぎらい」/体育の授業はレベルの低い運動部なのか/運動部活動と体育の授業は関係ない/運動部の価値は、やってもやらなくてもよいこと/部活をやめて体育の先生になる/運動部活動と体育授業の共通点/第五章 スポーツがきらい「残酷で、すばらしい文化」/スポーツは気晴らしである?/スポーツ、この残酷なるもの/「Bちゃんがチームにいたら勝てない」/競争しなきゃダメなのか/プロ選手から考える/ドッヂボールは野蛮?/ゲームの内と外/スポーツで何が育つのか/スポーツは人を育てる……とは限らない/スポーツは一つの文化(でしかない)/体育はスポーツなのか/オリンピックってみんなに必要?/スポーツの「非社会的な魅力」/そもそも体育とスポーツは関係ない/生涯スポーツと言われても……/でもやっぱりやらなきゃ始まらない/第六章 そもそも運動がきらい「だからこそ、からだに還る」/「外で遊びなさい」=「運動しなさい」/健康やダイエットのための運動?/ちょっと待った、そもそも「運動」とは/「運動=スポーツ」という幻想/「歩く」は難しくてスゴイこと/文字を書きボールを投げる、運動の豊かさ/できるようになる=身体技法の獲得/一つの身体技法としてのスポーツ/階段かエレベーターか、からだが選んでいる/からだが変わると世界が変わる/運動って面白いはず/「からだが私」という考え方/からだが変わるとは私が変わること/変わることは怖いこと?/力を入れるだけでなく抜くことも大事/体育で「寝方」を学ぶ?!/強くでも速くでもなく「賢く」/この「からだ」で動きながら生きていく/おわりに/走れない彼と一緒に、ひたすら歩いた授業/「からだ」は嫌いにならないで!/さいごに/注

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

trazom

137
筑波大学体育系の助教が、体育が嫌われる原因を、規律や恥ずかしさ、体育教師の資質、運動部の存在など多面的に分析するユニークな一冊。体育の授業が、一種の「公開処刑」だというのも納得である(私は、それ以上に、親まで呼んで公開処刑をする(運動会)ことが許せない)。体育=スポーツ=運動という一体性が問題だとする指摘には賛成。「スポーツは人を育てる」とか「スポーツは文化」だという欺瞞や、「パンとサーカス」に踊らされてオリンピックやプロ野球に現を抜かす愚かさに早く気付き、スポーツと切り離した「体育」のあり方を願いたい。2023/12/12

hiace9000

132
小学生の頃から「体育」嫌い。体育が嫌いに陥った理由や、嫌われるに足る条件は本書と見事合致。そうだよね、と自己肯定しつつ共感&納得。されどこれで終わらぬ視点が面白い。決して「ウチの子(体育)と仲良くしてね」的弁解本でも、「体育など捨ておけ!」的な暴君本でもない。ただ体育や自分の身体を捉え直す視点移行を促すのだ。"からだは生まれたときから離れることなく一緒にいる大切なものであり、運動とは体育とはからだを豊かに変えて、そのからだで幸せに生きていくことー"。かつて体育好きではなかった体育教師はそうか!と手を打つ。2024/08/14

ネギっ子gen

76
【「体育」なんて好きにならなくていい】「からだとしてどのようにいきているのか」を研究する体育教師が、「体育」の持つ意味や「からだ」の豊かな可能性を示した新書。巻末に、「注」として参考文献を。そこに、東京藝術大学の体育教官だった野口三千三先生の著書が挙げられていないのを惜しむ――。<自分のからだが必要ですし、そのからだを「賢く」することが有効なはずです。なぜなら、いずれの活動においても、からだが隠れた主役になっているからです。つまり、私たちのからだは、私たち一人ひとりの人生を土台のところで支えている>と。⇒2024/12/01

はっせー

67
体育がきらいだった人や子育てをしている人におすすめしたい本になっている!タイトルからインパクトがある。『体育がきらい』じつは私もその一人だった。運動神経が悪いし体育の先生が苦手だったのでずっと嫌いなまま大人になった。このほんの著者は体育哲学というジャンルで研究をしている方である。そんな著者がなぜ体育がきらいになってしまうのかを色んな目線で検討したのがこの本になる。体育ぎらいを体育好きにするために書いているわけではない。そこは安心してほしい!読み終わって思うことは学生の時に読みたかった本である!2024/01/19

Nat

66
「体育ぎらい」という題に惹かれて購入。興味深い設定で期待値が高すぎたので、もう少し踏み込んだ内容を求めてしまった。体育の授業のことは嫌いでも自分の体のことは嫌いにならないでくださいということなのだけど、では今後の体育の授業をどう改善していくのかということの具体的な案はあまりないように感じた。学校は昔から根本的なことはあまり変わっていないので、学校に馴染めない子どもがどんどん増えていく。昔とは子どもや社会が変わっているので、学校の姿や授業も変えていかなくてはいけないと思うのだが…。2023/10/29

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