内容説明
関係者のエゴイズムが交錯する傑作心理劇。
――今日私が申し述べました真相は、あるいは大部分が嘘であるかも知れません。嘘であるという証明も本当であるという証明も出来ないのであります。……有るものはただ外部的資料に過ぎない。私の行為、私の言葉に過ぎない。私の心にある真実は推察されるだけであります。――
自殺幇助の疑いで裁判にかけられている雑誌編集長・神坂四郎。神坂が横領の事実を糊塗するために、梅原千代が持つダイヤを我が物にしようとし、心中を装ったとされているが、証言台に立った被告の妻、同僚女性、被告の飲み仲間らは微妙に食い違う証言をする。
被告のさまざまな顔が明らかになると同時に、証人のエゴイズムも露わになっていく表題作のほか、戦争で人生が変わってしまった二人の女性を描く「風雪」、常識や時代にとらわれず勝手気ままに過ごしているように見えた友人の本当の想いを綴る「自由詩人」という傑作短篇2篇を収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Melody_Nelson
4
芥川の「藪の中」みたいというで読んでみた。ひとりの証言者の述懐が、次の証言者によって覆され、の連続で、一体真実はどこに?という感じなのだが、ここでは真実を見つけるのが目的ではなく、人は自分の都合の良いことしか信じたくない、ということだろう。たとえ事実と異なることでも。映画化されているようなので、ちょっと気になる。この他に収められている「風雪」も印象的だった。戦争によって腕や足を失った傷痍軍人と、2人の女性の物語。自分だったら、どのように受け止めるのだろう。戦争ってこういう面もあるよなと思わせる哀しい話。2023/09/04