内容説明
家族がもし認知症になったら。患者の不安と周囲の心配は衝突し、家族の問題が表面化する。私たちはこの病とどう向き合ったらよいのか。虎の門病院で認知症科を立ち上げた医師が、老年医学・神経内科学・精神医学の総合的見地から、臨床例を交え解決策を提示。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
アキ
76
認知症科を2015年虎ノ門病院に立ち上げた。認知症の超早期診断が専門だが、ご自身の体験から認知症とは「極めて家族的な病」であると看破する。本人と家族の関係性を見極めて、本人と家族に適切なアドバイスをすることが肝。周辺症状に関しては薬剤を使用するが、トラに麻酔銃を撃つようなもので根本的な解決には至らない。認知症の患者のこころを知り、尊重し、コミュニケーションを適切にとれば「治る」と著者は説く。介護者のための「ケアラー外来」も立ち上げ、介護者にも目配せを行う。著者の言う新ノーマリゼーションの提唱に賛同します。2020/11/04
kou
17
こういった志のある病院と専門医が近くにいるだけで、どれだけの認知症の方とその家族が救われることか、想像もできない。本書の内容も、認知症に悩む家族、医療従事者、介護職員、認知症に興味が無い人も一読の価値があると思うが、一番印象に残ったのは、あとがきだった。「終始、極めておだやかであった」・・・この言葉に震え、そして、感動し涙が出た。2020/12/06
Carol
2
確か『ぼけますからよろしくお願いします』に本書のことが書いてあり、興味を持った。「できなくなったことを指摘するために障害を知るのではありません。苦手になったことにさりげなく手を差し伸べ、患者がいままでと同じ生活ができるようその障害を知るのです」という言葉が印象的だった。介護施設でもプロの介護士でも認知症の方の「できないこと」を大声で指摘して、やろうとしたことを制し、持っているものを取り上げる人がいる(しかも結構いる)。認知症の方に「失敗してしまった」と思わせない配慮を忘れないようにしよう。2024/06/21
okatake
2
冒頭、ダメダメ対応の息子が登場する。それが、著者であり、医師の井桁さん。その後、虎の門病院で認知症科を立ち上げて現在も運営されています。 この書の中で、著者は認知症は「家族的な病」としている一方、認知症の「認知」という言葉を取り上げて、「認めて知る」ことの大切さを訴えています。 寺内貫太郎が認知症になったら、星一徹が認知症になったら、そして波平さんが認知症になったらと。それぞれの家族環境の中での予測は具体的で想像しやすい事例だと思います。2021/10/02
海戸 波斗
1
わかい看護士が…が出てきたところで引いた。レオナルドダ・ヴィンチに憧れて著者紹介。正解は無いということを繰り返し思う。願わくば、私の出した答えに周りの人が寄り添ってくださいますよう祈ってる。他人の都合に振り回されるのは迷惑だよね。知ってる。2020/12/23




