体罰・暴力・いじめ - スポーツと学校の社会哲学

個数:1
紙書籍版価格
¥2,640
  • 電子書籍

体罰・暴力・いじめ - スポーツと学校の社会哲学

  • 著者名:松田太希
  • 価格 ¥2,640(本体¥2,400)
  • 青弓社(2022/12発売)
  • ポイント 24pt (実際に付与されるポイントはご注文内容確認画面でご確認下さい)
  • ISBN:9784787234636

ファイル: /

内容説明

スポーツ指導の現場で、監督やコーチが選手に暴力を振るう事件が後を絶たない。また、学校でも、いじめや体罰などの暴力が発生し続けている。そしてその結果、自死を選ぶ児童・生徒・学生も増えている。

なぜ人は学校やスポーツの場で暴力を振るうのか。こうした問いに対して「暴力的存在としての人間」という哲学の視座から、なぜなくならないかを考えるのが本書の立場である。

暴力の本質を問うフーコーやニーチェ、バトラー、フロイトらの議論を援用して学校やスポーツ指導を考察する。常に勝つために、指導者も選手も理想像や規律意識が高まりやすいというスポーツの暴力性や、本質的に規範という暴力をはらんだ学校教育の姿を浮かび上がらせる。

「愛の鞭」か、行き過ぎた指導か、という平行線の議論を超えて、人間の本性に関わる暴力とどう向き合えばいいのかを考えるために「暴力の社会哲学」を提起する。

目次

はじめに

序 章 暴力の記憶
 1 野球の世界で経験した暴力
 2 バレーボールへの転向と子どもへの悲惨な暴力
 3 暴力の記憶にあらがって
 4 糸が切れた
 5 それでもなお

第1章 暴力に力強く向き合うために重要な事柄
 1 是非論を超えて
 2 スポーツと学校の暴力
 3 暴力(に関わる人間)をどう描くか
 4 暴力の社会哲学の具体的なありよう

第2章 スポーツの本質に関わる暴力性
 1 スポーツの本質の一側面としての暴力性
 2 指導者はなぜ体罰をおこなうのか

第3章 指導者―選手関係の暴力性
 1 フロイトの集団心理学への着目
 2 従来の研究への不満
 3 リビドー概念について
 4 集団形成における「ほれこみ」と「同一視」
 5 「ほれこみ」から「理想化」へ
 6 体罰をおこなう心性

第4章 選手間関係の暴力性
 1 事後的に騒ぐのをやめろ
 2 先行研究の問題
 3 選手間関係の基本構造
 4 フロイトからジラールへ
 5 ジラール暴力論批判
 6 欲望の対象の稀少性
 7 ジラールを超えて

第5章 科学と暴力からみるスポーツ指導
 1 スポーツ科学への盲信の危険性
 2 スポーツ指導の暴力性/暴力としてのスポーツ指導
 3 スポーツ指導と暴力の交点
 4 超越と暴力
 5 〈たそがれ〉の暴力
 6 再び科学の問題性――科学への拘泥が生み出す暴力への可能性

第6章 学校教育の本質に関わる暴力性
 1 教育研究における従来の暴力理解
 2 教育と暴力の密約的関係
 3 生徒=自己規律的な主体
 4 「巧みな回収」と生徒の自我の様相
 5 「巧みな回収」を目指す教師――その失敗と暴力への可能性
 6 根源的な暴力性を超えて考えるべきこと

第7章 教師―生徒関係の暴力性
 1 近代教育と暴力
 2 子どもの他者性の尊重=教育の不可能性の尊重?
 3 教師という存在の本質に関わる暴力性
 4 教師という存在の暴力性とその病理

第8章 生徒間関係の暴力性
 1 いじめ論のパターン
 2 いじめ論の落とし穴
 3 いじめに関する哲学的考察
 4 諏訪と小浜のいじめ論
 5 「最後の気晴らし」としてのいじめ

終 章 これからも考えていくために
 1 暴力に力強く向き合うために――本書の考察からいえること
 2 暴力に力強く向き合い続けていくために――今後の課題と展望

初出一覧

あとがき

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

小木ハム

10
スポーツや学校現場でなぜ暴力(いじめや体罰)が起きるのか、そのメカニズムを社会哲学の視点から説いている本。暴力はいけない、という社会的なムードが広がったからといって、それが人間や社会が暴力とは無縁のクリーンなものになったことを意味するわけではない。暴力は本質的に"隠れる"もの。一見平和とみえる社会生活場面の中に隠れる。いじめの場合、スポーツの場では指導者から選ばれたいという自己保存欲求の果てに、教室では慢性的につまらない学校生活を刺激的なものにするために、"いけにえ"の選出と"祭り"として顔を出す。2022/04/02

ああああ

4
本書が取り組んだのは、スポーツと学校での暴力現象(体罰といじめ)の発生や温存のメカニズムの解明をおこない、それらの場の暴力性の輪郭を描き出すための暴力の社会哲学だった。暴力の社会哲学では、目に見える暴力現象をひとまずは問題にしながらも、その発生の下地になっている人間関係・社会関係に内在している暴力現象のモメント、すなわち暴力性への着目をより重視した。基本的な定義として、暴力は「個人に危害や苦痛を与える具体的な力」とし、暴力性は、「『暴力』の現出を下支えし、隠れた次元で人間の生にひずみを生み出す2020/03/31

新橋九段

4
議論としては面白いが、そこ止まりという印象。じゃあ実際はどうなのかという点に立ち返らないまま議論だけが先行している印象。2020/03/25

lonely_jean

2
結論はやや弱いといえばそうだが、これ以上は出せないのだろう。暴力はごく限られた一部の人間の内にのみ存するのではない。まずはその自覚を…とはいえ、これもまたできている人は初めから、できない人はずっと無理、なのかも。どこまでも難問。2025/10/13

SAHARA

1
自分の暴力性を認識せよ。そして、社会制度に組み込まれてる暴力性も。2021/04/30

外部のウェブサイトに移動します

よろしければ下記URLをクリックしてください。

https://bookmeter.com/books/14864650
  • ご注意事項

最近チェックした商品