内容説明
「百万本のバラ」を作った人たちの運命、どこかでこの歌をうたっているはずの人の今――果てしない世界の放浪者のように、とぼとぼと生き続けているこの歌を改めて見つめてみると、そこには大きな歴史に翻弄されようとも、なんとか生きてきた一人一人の物語があった。ロシアと周辺国、そして加藤登紀子が生まれた満州(中国東北部)のハルビン。そこに生きる人、そこを追われた人たちとの出会いを、自身の歌と人生とともにつづる。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
kawa
36
太平洋戦のさなか中国・ハルピンで生まれた加藤登紀子さん。その歩みを、かの地でのご両親とロシア人との交流をきっかけに始まるロシアとの関わりを、歌手活動の変遷と合わせて綴る。敗戦後の1946年10月、2歳8か月の彼女は母兄姉ととともに錦州・葫蘆島から日本に引き揚げて来る。実は私の父も彼女らより2日早く葫蘆島から博多に引き揚げて来た記録があって、奇遇だなあと思わされる。本書紹介の悲惨な葫蘆島での引き揚げの様子を描いた王奇希(ワン・シーチー)の「一九四六」と言う絵も機会を得て見てみたいものだ。確か佐藤優氏推薦本。2026/05/30
てつろう
7
加藤さんは満州育ちで大変な人生を歩んできた人だった。この百万本のバラもロシアで流行ったようたか、ロシアと言っている国はどこまでか、この当時はウクライナもロシア。ロシアは共和国なのに独裁者の国になっている、早く平和になって欲しい。2023/05/06
るるぴん
3
登紀子さんが歌う「百万本のバラ」の生まれ故郷との縁、母親から伝え聞いたハルピンでの暮らし、現地の人々との交流などが印象的。第二次世界大戦時、国同士が戦争をしていても、市政に暮らす人たちはお互いに交流し、友情を育み小さな幸せを守りながら生きていた。当時交流していた人たちは「ソ連の人」でウクライナの人もいればロシア、コサック出身の人もいた。その地域が今争っていることに登紀子さんは胸を痛めている。今でも周辺諸国で歌手活動をしている。歌、歌を愛する気持ちに国境はないのだ。2023/11/05
Enju35
2
第5章まで読んだがよかった。続きをまた読む。2023/03/29
Masaki Maruyama
1
京都・祇園のレストラン「キエフ」で往年のパソコン通信フォーラムのオフ会が何度かあり、ここは加藤登紀子さんのお父さんのお店だと聞いた。「お登紀さんは京都の出だったのか」と思ったのは大誤解。6月16日付読売新聞朝刊で始まった「時代の証言者」にある通り、ハルビン生まれとのこと。30回ほどの連載では、本書に記された波瀾万丈が語られるでしょう。5月21日に千葉県君津市で開いたコンサートの前、共同インタビューで様々な思いを伺い、自費で公演を聴きに行った。諸事情で結局、仕事になってしまい、楽しみが半減したのが残念。2023/05/16
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