内容説明
ご一新から五年。花見客で賑わう上野の山に、かつて南町奉行を務め、「妖怪」と庶民から嫌われた鳥居耀蔵の姿があった。失脚し、二十三年の幽閉の末に耀蔵が目にしたのは変わり果てた江戸の姿。明治を、「東京」を恨み、孤独の裡に置き去られていた男の人生は、金春座の若役者・滝井豊太郎と出会ったことで動き始める。時代の流れに翻弄されながらも懸命に生きる人々を描く感涙の時代小説。(解説・末國善巳)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
niisun
36
明治維新に翻弄された人々を描いた作品。以前、読んだ浅田次郎の『五郎治殿御始末』では、職を追われた無名の武士達だったが、今回の元南町奉行“鳥居耀蔵”、能の地謡方“の中村平蔵”とその弟子という組み合わせで、なかなか味わい深かったですね。江戸に取り残された人々の寂寥が表現されていますが、最後に江戸を憎み、西洋からの新しきモノを至上と決めつける輩に、鳥居耀蔵が語った「大樹公の御世とて、元は豊太閤の世の後に打ち立った新しき世であった。ならば今の明治とて、いずれは古び、綻びが生じて参る」という話に尽きますね。2023/04/16
エドワード
34
鳥居耀蔵といえば、天保の改革での取締りで<妖怪>と恐れられた男。失脚した彼が丸亀から戻った、東京と名を変えた江戸の街は、著しく変貌していた。明治5年。隠居して鳥居胖庵を名乗る彼が見聞する、江戸の名残り。能楽から導かれた美しい章題と逸話の数々が心にしみる。大名の庇護で栄えていた能楽の家は、維新後、窮乏を極める。新政府に出仕する者、農商へ移る者、滅びの美を舞う能楽師たちがみつめる江戸の終焉こそあはれなれ。桟敷ごとに銭を取って能を見せる能楽師たちを、前代未聞の珍事と言うなかれ。その道が今日につながるのだ。2022/10/21
Y.yamabuki
18
鳥居耀蔵(胖庵)は許され戻ってみると江戸はすっかり姿を変え東京になっていた。徳川の世の全てを否定された様で未だ受け入れずにいた。そんな彼が出会ったのは、以前は取り締まりの対象としていた能の役者見習い豊太郎。彼も幕府の庇護を失くした場所で懸命に生きようとしていた。西洋化を急ぐ新政府に否定された能と武士。全てを変えてしまって良いのか?一話毎に起こる出来事に関わっていく内に、この対照的な二人が心を通じ合わせて行く。「秋萩の散る」や今作の様な短編も魅力的。2023/01/12
こうちゃん
16
正直、私には難しかった。 『能』に造詣のある人ならば、謡、演目に絡めた話を読み解けるのだろうけれど、 多分私はこの本を10%も楽しめてないのではないか?と思う。 話はご一新に取り残された人達の戸惑い、葛藤、生き様が描かれてます。 2024/04/25
駄目男
12
鳥居耀蔵の本があるとは最近まで知らなかった。このマイナーにして有名な人物は、水野忠邦の天保の改革の下、目付や南町奉行として市中の取締り、蛮社の獄で渡辺崋山や高野長英ら蘭学者を弾圧し死に追いやった人物として歴史に名を留めた。併し、水野が上知令の発布を計画し、これが諸大名・旗本の猛反発を買った際に耀蔵は反対派に寝返り、老中土井利位に機密資料を残らず横流し、やがて改革は頓挫し、水野は老中辞任に追い込まれ、耀蔵は従来の地位を保つ。だが江戸城本丸が火災により焼失し、老中首座・土井利位はその再建費用としての2024/08/17