内容説明
日本人にとってのお茶は、飲食のみにとどまらず、生活文化へも大きな影響を持っている。平安・鎌倉時代に中国から渡来した茶が、寺院や武家から一般の人びとへと広がる過程を、生産・流通・消費を軸に、闘茶や茶屋の幅広い役割などから明らかにする。さらに宇治茶ブランドの誕生、茶の湯の意義の再評価など、茶の歴史から日本文化を見直す。
目次
喫茶文化史へのいざない―プロローグ/院政期から鎌倉時代の喫茶文化(平安時代の喫茶文化/宋風喫茶文化の伝来―鎌倉時代前期/奈良と鎌倉の茶―鎌倉時代中期/『金沢文庫文書』に見る喫茶文化―鎌倉時代後期)/室町時代の茶の生産(往来物に見る喫茶文化の広がり/茶園の種類/茶の技術を持つ人々)/室町時代の茶の消費と文化(闘茶の歴史/茶湯と葬祭儀礼/もてなしの茶/『君台観左右帳記』の茶湯/日常茶飯事の時代の到来)/宇治茶と芸能の「茶の湯」(宇治茶の歴史/宇治茶の成長/宇治茶の大改革/芸能の「茶の湯」の誕生)/喫茶文化史のこれから―エピローグ
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
MUNEKAZ
16
ステレオタイプな「茶道史」とは異なる、中世の「喫茶文化史」を紹介する一冊。鎌倉時代の禅宗寺院から「茶の湯」が広まったというストーリーを再検討し、むしろ中世では顕密寺院が発展の中心となったことや、室町殿の御成においては「茶の湯」が公式プログラムに組み込まれなかったことなど興味深い点が多い。また戦国時代には庶民にも「茶」を飲む習慣が普及し、「日常茶飯事」の世が来ていたというのも面白い。「茶の湯」の成立→庶民に普及ではなく、庶民に茶が普及したからこそ、新たに「茶の湯」という近世の文化が生まれたのである。2021/03/19
フランソワーズ
8
「抹茶は、鎌倉時代に臨済宗の開祖栄西が中国の宋から持ち帰り、以後、禅とともに日本に広がった」云々。この通説をわたしもそのまま信じていました。そしてそれはわが国の喫茶文化の多くがいわゆる”イメージ”で形作られ、今日に伝わっていることを痛感しました。「茶の湯」文化だけでなく、茶そのものや栽培、生産地から、中世の儀礼や風俗など、あらゆる方面で修正をしようという著者の意気がひしひしと伝わってきました。研究の蓄積が乏しいことにより、この本がどうしても”入り口”までにしかならざるを得なかった歯痒さも感じられました。2024/04/29
きさらぎ
7
中国から持込まれた茶が寺(禅宗寺院に限らない点は非常に筆者が強調するところ)という拠点を中心に「供物としての茶」「庶民への振る舞いとしての茶」「上流階級へのもてなしとしての茶」として各方面に伝播していく流れや、「闘茶」の流行、「茶道」の成立などについての歴史を辿る。また宇治茶を中心に生産者と茶のブランド化についても触れる。茶の概論というところなのだろうが、何というかあまりにも「概論」過ぎて大筋が見えてこない感が非常に強かったのは何故だろう。私の茶に対する素養の不足だろうか。正直面白みのある本ではなかった。2018/02/22
アメヲトコ
6
中世の喫茶文化の歴史を、茶道史ではなく中世史の立場から論じた一冊。前者のイメージによる物語をあくまで史料にもとづき再検討しており、例えば中世寺院の喫茶文化の中心は禅宗寺院よりも顕密寺院であったこと、「茶湯」は本来藝能のみを意味した言葉ではなかったこと、室町期の豪華な茶会とされたわゆる「殿中茶湯」は実は史料上確認できないことなどは、今までのイメージに再検討を迫る指摘でした。生産から消費まで視野も広く、勉強になります。2018/05/12
とりもり
6
中国から持ち込まれたお茶が茶の湯として確立するまでを概観した一冊。中世においては宇治がNo.1の産地ではなく、鳥獣戯画で有名な栂尾山高山寺だったというのが意外だった。また、お茶処・静岡は最初の頃は名産地ではなかったことなど、意外なエピソードが多い。全体に事実が淡々と描かれているのでやや単調だけど、なかなかに内容は興味深い。お茶好きな人は是非。★★★☆☆2018/04/25
-
- 電子書籍
- 王妃になる予定でしたが、偽聖女の汚名を…
-
- 電子書籍
- ダメドルと世界に1人だけのファン【単話…
-
- 電子書籍
- 異世界のんびり農家【分冊版】 80 ド…
-
- 電子書籍
- 伯爵の花嫁〈思いがけない秘密Ⅰ〉【分冊…
-
- 電子書籍
- コイビト交換日記 分冊版(1)




