内容説明
パリでの弁護士生活を捨て、暗い運河の町・アムステルダムに堕ちてきた男、クラマンス。彼の告白を通して、現代における「裁き」の是非を問う、『異邦人』『ペスト』に続くカミュ第三の小説『転落』。不条理な現実、孤独と連帯といったテーマを扱った六篇の物語からなる、最初で最後の短篇集『追放と王国』。なおも鋭利な現代性を孕む、カミュ晩年の二作を併録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
のっち♬
129
『転落』は小出しの伏線と聞き手を巻き込む語りの妙が光る中編。対立、両義性、矛盾など近代が抱えた二重性を提示しながら互いに裁き合う人間が生きる意義を問う。閉塞的な質感ながら広がりのある幕切れに人間愛を感じる。『追放と王国』には人と連帯しても逃れられない孤独の宿命が描かれている。『背教者』の残忍さや『不貞』『客』の凍てつく世界観、『ヨナ』の幕切れなど象徴性は鮮やか。『啞者』は叔父への親しみが現れている。自らの来し方を解体しながら現代に巣食う不条理の核心に迫り、混沌の中から光を求める著者の孤独が浮き上がる一冊。2022/05/16
パトラッシュ
71
本書収録作品を書いた1950年代のカミュは、伝記によれば「失意の時代」にあった。サルトルとの訣別とアルジェリア紛争をめぐる非難攻撃で、深刻な孤立に陥っていたと。こうした背景を知ると、自分に対する批判への反論や無理解を悲しむ心情が物語の骨格であるようだ。自分の正義を信じられなくなった弁護士、不安に苛まれ人間界から離れた自然に救いを求める女、成功のため仕事に集中できない芸術家など、不条理に囚われて苦しむ人びとの姿は人間不信のあらわれか。連帯を失い孤独に追い詰められるカミュに『異邦人』の太陽の輝きはもはやない。2020/10/28
ω
57
「転落」がおもしろかた(ΦωΦ) めっちゃこじらせてる男が喋る喋るw 「われわれが愛しているのは最近死んだ者、痛ましき死者、それに対する自分の感動、要は自分自身なんです!」「自殺すれば何人かは驚いたかもしれません、でも誰も懲らしめられたなどとは思いはしなかったでしょうよ。それで自分には友人がいないことを知りました」「諸君、所有とは殺人なのであります」ずーっと喋ってます。 ちなみに「転落」は中編で、「追放と王国」は短編集です!2022/09/10
絹恵
44
「転落」では、時に寡黙さを棄て、饒舌に語ったことでさえ忘却の助けを借りなければ、生きてはいけないのだと考えされ、苦しくなりました。特に「追放と王国」(短篇集)のなかのヨナ(あるいは制作する芸術家)の最後の一文に切なさが凝縮されていると感じました。王国で口を噤むとき、それは紛れもなく孤独と連帯のあいだで、幸福を見失うときでした。2015/09/24
ドン•マルロー
34
カミュは心身ともに疲弊していたにちがいない。サルトルとの激しい論争、知識人たちから槍玉にあげられ集中砲火を浴びせられることに。弁護士という裁きの担い手であり人々からの信頼を勝ち得ていたクラマンスが、逆に裁かれる立場となり荒廃たるバーの常連客となって字義通り転落していくさまには当時のカミュの心象が反映されているようだ。むろんこのように読解することは些か感傷的にすぎるかもしれない。あるいは短絡的に過ぎるだろう。が、そのように捉えることでこの分別臭い作品が瞬くうちに人間臭さで満たされる、その切替点が妙に好きだ。2016/09/11