内容説明
戦後最年少でノーベル文学賞を受賞したカミュは1960年、突然の交通事故により46歳で世を去った。友人の運転していた車が引き起こした不可解な事故の現場には愛用の革鞄が残されていた。中からは筆跡も生々しい大学ノート。そこに記されていたのは50年代半ばから構想され、ついに未完に終わった自伝的小説だった――。綿密な原稿の精査によって甦った天才の遺作。補遺、注を付す。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
のっち♬
120
主人公の少年期で絶筆したために自伝的要素が色濃い遺作。描かれるのは歴史に埋もれた前世代から経済的・文化的に何一つ引き継げず〈最初の人間〉になる入植者の生活模様。不安と苦悩の日常で見せる度量の広さと無鉄砲さは生の重荷を跳ね除ける原動力。ベルナールに具象された恩師への感謝は外せない部分なのだろう。無声映画の解説を祖母に強要され、朗読に泣き、読書で幻想に耽る様は、翻案や演劇へ打ち込む萌芽が見える。貧困下の誠実な無言の粘り強さは生への豊かで破壊的な情熱・愛となる。執筆の終点と始点を結節するありのままのカミュの声。2023/11/01
優希
105
カミュ未完の作品であり、生々しい筆跡による大学ノートに書かれた作品というのが何か強い運命のように感じます。忘却の彼方からすくいあげようとする父親の記憶、貧困にあえいでいた少年時代の過去の錯綜には、カミュ自体が見つめようとしていた日々に違いありません。事故死により絶筆となった自伝的小説であるこの作品は、自分の生きた軌跡のようにも思えました。不条理さの中に形のない何かを見つめ続け、孤独に飲まれないように生きるには、誰もが「最初の人間」になる必要があるのかもしれません。2016/07/30
優希
65
再読です。カミュ未完の作品というのが刺さります。生々しい筆跡で大学ノートに書かれた自伝的小説。事故死により絶筆となったこの作品には、自伝的小説という要素のみならず、カミュが見つめようとしていた事柄と、歩んできた軌跡をも写し込んでいるようにしか思えません。不条理を見つめ続け、孤独に飲まれずに生きる日々には、誰もが「最初の人間」になる必要があるのではないでしょうか。2018/11/24
絹恵
55
やさしいだけでは暮らしていくことは出来ないけれど、それを失ってしまうと、何も聞こえず、何も見えず、何も触れられなくなってしまいます。それは何も残らないことなのかもしれません。それでも人間は獰猛な太陽に掻き立てられ、月に愛を傾け、海に還ることを望むという生まれ持った不条理の波の音を聞きながら、かたちのないものを見て、後にも先にもないたったひとつの出逢いに触れるのだと思います。それが孤独を残さないことなのかもしれません。2015/10/16
たつや
46
ノーベル文学賞受賞作家のカミュの未完の遺作。自分は「異邦人」と「ペスト」しか読んだことがないが、カミュを最初に読むなら、本作を最初に薦めたいという文章をどこかで見たので、大いに期待して読んだが、私には少し難しい。ただし、不可解な事故死を遂げたカミュが残したノートから復刻したという、裏話しを聞くと、とても貴重なものを読めた気持ちになる。もう一度、「異邦人」を読みたくなる。2016/09/20