内容説明
金沢を舞台に旧制四高生・片口安吉の青春の光と影を描く「歌のわかれ」、敗戦直後、天皇感情を問うた「五勺の酒」。この二篇のほか、「村の家」「萩のもんかきや」など著者の代表的な短篇七篇を収める。詩篇「歌」、自作をめぐる随筆を併録。文庫オリジナル。
〈巻末エッセイ〉石井桃子・安岡章太郎・北杜夫・野坂昭如
■目次
歌(詩)
【Ⅰ】
歌のわかれ/春さきの風/村の家/広重/米配給所は残るか/第三班長と木島一等兵/軍楽/五勺の酒/萩のもんかきや
【Ⅱ】
「春さきの風」「五勺の酒」の線/「春さきの風」のとき/「第三班長と木島一等兵」おぼえがき/五十年まえと三十年まえ
【中野重治をめぐって】
ある機縁(石井桃子)/我慢と律義と剽軽と(安岡章太郎)/「茂吉ノート」など(北杜夫)/青春の書(野坂昭如)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
佐島楓
67
「歌のわかれ」「村の家」は講談社文芸文庫で読了。したはずなのだが、「村の家」の主人公の老父の思いにぐっときた。息子は東京で思想活動の末投獄され、故郷に戻ってくる。老父はそれまでの苦労を訥々と息子に語り聞かせる。苦しい毎日のうえで何とかやりくりをしてしのぎ、家を守ってきた父親と、それでも文筆活動を続けたいと願う息子。このふたりの断絶と乖離がたまらなくつらい。理想だけでものを食べていけるわけではない。お互い苦しかっただろう。今回はお父さんのほうに感情移入して読んだ。転向を扱った文学として白眉。2022/01/12
あや
27
講談社文芸文庫で読んだ「歌のわかれ」「村の家」は飛ばして読んだ。「米配給所は残るか」が良かった。中野重治は卒業旅行でお墓参りに行くほど好きなので、「歌のわかれ」や「村の家」が読みやすい文庫でまた刊行されたことが嬉しいのですが、また長らく積読にしたまま読み終えるのに時間がかかってしまった。石井桃子さんや野坂昭如さんの解説が読めるところも良い。2024/06/13
ひでお
8
転向文学というジャンルになるのでしょうが、それを超えて筆力に圧倒されます。「五勺の酒」は、語り手の心の叫びのようなものを感じました。5勺、つまり0.5合の酒でも語らねばならない気持ちが伝わります。全体ではなく個に目を向けた持論は、現代に通じるものがありますが、一方で物事の責任が曖昧になるような気もしました。 巻末に併録された作家さんたちが中野重治を語る文章も味わいがあります。2024/12/12
うさぎ
2
「自分全部を与えることが許されぬとわかった僕は五分の四の自分を与えようとした。それが許されぬとわかったときは二分の一を与えようとした。それが駄目とわかったときは三分の一、つぎは四分の一、つぎは五分の一を与えようとした。最後には何分の一でなくただ僕自身の僕による何かを与えようとした」(『五勺の酒』)2023/03/01
kentaro mori
2
収録作は『大江健三郎柄谷行人全対話』をふまえているとしか思えなく、ありがたい。今となっては、プロレタリア文学との距離を感じざるを得ないが、『村の家』、『五勺の酒』は傑作。大江が影響を受け続けたというのも納得。プロレタリアでありながら、その立場の曖昧さ、この宙吊り状態。●「わたしらは侮辱のなかに生きています。」(春さきの風)●つまりあそこには家庭がない。家族もない。どこまで行っても政治的表現としてほかそれがないのだ。ほんとうに気の毒だ。羞恥を失ったものとしてしか行動できぬこと、これが彼らの最大のかなしみだ。2022/11/26