内容説明
浅間山を遠くに望む、標高1000メートルの森の中に、夏仕様の古い別荘がある。周りには家も人影もない孤立した古家。大切な人たちが50代の若さで次々亡くなっていったショックと病を抱え、失意の底にあった著者は、ここを自分の柩にする覚悟で、60代半ばから10年間、古家に独り隠れ住んだ。友たちへレクイエムを送る静かな日々のはずだったが……、森には可笑しな事件がいっぱい起こるのだった! おびただしい数の猿が侵入してきたり、窓辺に置いたいちごがふと目を離したすきに消えていたり、影猫が現れて原稿を催促したり、やどりぎが大量に届いたり、そして大きい鳥の死。自然界のいのちと共にある喜びに満たされると、人々を恋しく思う気持ちが忽然と湧いてきたーー。80歳を超えた現在地から臨場感あふれるみずみずしい筆致で綴ったレジリエンスエッセイ。写真10点以上。撮影:白川青史。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ミッチ
10
窓の外に、楓の木、白樺の木、栗の木が立っていた。今日は風がない。無風なのに、木がおのおの動く。楓の木が枝を揺すっている。隣の栗の木、白樺の木は身じろぎもしない。別のとき、栗の木の枝先がいっせいにくるくるくるくる回る。隣の木々は動かない。葉を揺らすのが好きな白樺の木もじっとしている。別のとき、白樺の葉っぱが、光のようにいっせいにきらめいた。木々がわたしに知らせている。「居マスヨ。見テイル、守ッテイル」と。 山のパンセの著者串田孫一。それを師と仰いだ内藤里永子はもう85歳。 2021/04/07
どりぃ☆
6
翻訳家の著者が独り森で暮らした60〜70代にかけての10年について綴っている。その瞬間をまるごと取り出して手のひらに乗せて見せているかのような鮮烈さに身震いしながら読み進める読書体験だった。森で暮らすきっかけが親友の死であったこともあり、文章にも死の影が色濃く出ている。森で暮らす他なかった著者の心情を思うと胸が痛んだ。ここを通らなければならない感受性を持った人なのだろう。過酷とも言える森での生活が長い歳月をかけて著者を癒しへ導いてくれて本当に良かった。悲しみと美しさに縁取られた、生涯忘れ得ぬ一冊。2021/04/22
まり
5
図書館本。思った感じではなかった。わかりやすい森の生活かと思ったら、そうではなく…自分の気持ちと向き合いつつ森の中にいる感じかな。物語のような詩のような…何とも不思議な話。自然の癒しだけではなく厳しさも改めて知った。2021/08/31
たつや
4
なんとなく図書館で借りる。静かに読了。友人や家族を亡くした事で森にある古家に十年住む、標高千メートルを越える。写真を見たら凄いお婆ちゃんだと思えた。2023/11/09
takao
2
ふむ2022/12/27