内容説明
「日本漢詩」は中国の模倣だと言う人がいますが、日本人は漢字の流入後じきに中国の漢詩を自家薬籠中の物にして、本家とはひと味もふた味も違う新しい文学に昇華させました。大津皇子の臨終の詩「泉路賓主無く、此の夕べ家を離(さか)りて向ふ」などには日本人固有の死生観が見られます。乃木希典の「千里風腥(なまぐさ)し新戦場」は中国人の戦争描写とは違う無常観に溢れています。一休宗純の洒脱も、旧来の陋習を破って、自分の頭で考えた新しい人生の道を模倣しているのです。
本書はこのような日本漢詩を五十首紹介していますが、中に女流漢詩人を二人取り上げています。いずれも幕末の人で、江馬細香は頼山陽に求婚されながら、父が断ってしまったのを知ると、弟子入りして、一生師と仰ぎ続けました。掲出詩の「秋詞」は八行の七言律詩ですが、新古今集の秋風の歌を思わせる如何にも日本的な詩と言っていいでしょう。梁川紅蘭は勤王の志士として働き、安政の大獄で捕縛されましたが、堂々たる弁論で無罪を勝ち取り、維新の世を見ることができました。ヴィクトリア女王のことを「英吉の夷酋(イギリスの夷狄の酋長)亦婦人」と詠んでいるのが面白い。
戦後の日本では、伝統文化が排斥され、文語や漢文は学校教育の場でも冷遇されています。今年(2020)から、小学校の英語教育が必修化されましたが、英語の早期教育は母語の習得に弊害があるとも言われています。それよりも、日本の古典を学んで、美しい母語を話し、書くことのできる次世代の国民を育てたいものです。本書の意気込みや壮たるものがあります。