内容説明
倫理もなく、理屈もない。奇妙な出来事が、ただそこにある――。
初々しい新婚夫婦。しかしふたりは、たがいに秘密を抱えていた。そして男はなぜ新婚旅行先に忌まわしい思い出が残る旅館を選んだのか。旧い結婚観が招いた悲哀劇(表題作)。
新発見の感染症の手がかりを追う保健所の職員は歪んだ虹色の世界を覗き見る(「蟻の塔」)。
アメリカで妊娠した修道女は、日本で病床にある教主とのあいだにできた御子だと主張するが……。果たして、彼女が語るのは奇蹟か幻想か(「聖女」)。
女の生涯には、常に蟻が這い回っていた(「蟻の声」)。
光に眩み、闇に溺れる。罪を犯して贖いて、果てに待つのはおぞましくも美しき混沌の世界。地獄極楽板一枚。ただひたすらに、酔え、惑え。
文庫初収録三篇を含む、江戸川乱歩賞作家円熟期の短篇集。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
geshi
30
タイトルにひかれ、昭和らしいエロテイックとグロテスクの色あいに塗られた文章に酔い惑わされた。『鷗が呼ぶ』グロテスクさの裏側には愛情とも憎悪ともつかぬ思いが渾然一体とある。『くらげ色の蜜月』このラストは空想なのか現実なのか形を掴ませないのがまさに「くらげ」。『蟻の塔』目を背けていたものに飲み込まれていく過程が伝わり一番オチらしい突き落としへ向かう。『聖女』キーとなるものの不在により風間登代が聖女なのか悪女なのか最後まで見通せない闇を残す。2021/01/23
ネムル
15
昭和エログロ。先に復刊された短編集『緋の堕胎』で耐性がついたせいか、この淫靡な雰囲気も落ち着いて読む。しかしまあ、「塩の羊」に如実なところだが、ある程度オチが着いた話よりも何がしたいのかよくわからない話こそ面白いのだが、少し時間がたつと結局なんの話だったか思い出せないのが困ったところ。本作では「エスカルゴの味」「聖女」「蟻の声」あたりが面白いが、もやっとした印象だけになりそうではある。それが戸川昌子の味かもしれないが。2020/10/24
Ayah Book
14
昭和ドロドロ短編集。どれも面白いです。特に好きだったのは、子供のような未発達な体を持つ妻の、思いもよらぬ行く先「ウルフなんか怖くない」、よもやスーパーナチュラルな展開か?と疑わせる「聖女」、精神分析をうまく使った信用できない語り手もの「蟻の声」、なんともやりきれない家族間の地獄絵図「赤い的」でしょうか。しかし、「蟻の塔」と「蟻の声」はタイトル逆じゃないのだろうか?2020/10/05
Inzaghico (Etsuko Oshita)
9
戸川昌子はシャンソン歌手でタレントという認識だったのだが、実は推理作家と知って驚いたのはずいぶん昔のことだ。推理作家戸川の1960年代の短編を集めたのが本作だ。性愛(とくに女性側の)がテーマのものがほとんどで、よくも悪くもザ・昭和である。表題作の「くらげ色の蜜月」は救いがあって、ちょっとほっとした(とはいえ、犯罪は起こりはするのだが)。すべて完璧だけれど、爪が汚い、というところから男のだらしない本性を見抜く女性。たしかに、どうしても許せない仕草やことってある。女性作家ならではの視点だな、と感心した。2020/09/26
いりあ
7
第8回江戸川乱歩賞を受賞した戸川昌子が68年から70年にかけて発表した短編14本を日下三蔵編集によりまとめた短編集です。ミステリーというジャンルに収まりきらない、エロやグロをふんだんに盛り込んだ作品ばかりが収録されています。読んでいても行き先が分からず濃霧の中をさまよっている感覚になります。どの作品もあまりに濃密すぎて、読んでいると胸やけします。怪奇小説や恐怖小説という括りの方があってますね。2023/02/20