内容説明
水田農耕や金属器といった大陸・半島からもたらされたあらたな技術や思想を、日本列島の人びとはどのように改変していったのか。縄文時代の伝統をひく打製石器や土偶・石棒など信仰遺物に光を当て、文明に抗う弥生の人びとの世界を読み解く。大陸文化の西進という固定観念にとらわれず、「日本」の成り立ちの認識、さらには文明論の再構築に挑む。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
AICHAN
42
図書館本。弥生人は稲作農業を携えて日本列島にやってきた。農業は人類史上初めての大規模自然破壊を伴う。そうやって弥生人は文明の礎を築いたわけで、「文明に抗した」というのは変ではないかと手に取った。冒頭は何が言いたいのかよくわからず、放ろうとした。しかし、何が言いたいのか気になって結局最後まで読んだ。途中から言いたいことが少しわかってきた。縄文時代晩期に大陸や朝鮮半島から稲作・金属器とともに弥生人がやってきたが、列島の在来住民は必ずしもその文明を受け入れなかったということらしい。2019/07/17
やいっち
33
本書が示すのは、「弥生時代研究は百花繚乱のさまを呈している」とか、「弥生時代のはじまりについての議論の範囲を紀元前10世紀にまでさかのぼ」っていること、「弥生時代の最初の数百年間は、金属器のない時代、すなわち世界的な時代区分でいうと新石器時代に属する可能性がきわめて高くなった」ことなどである。 さらに「従来の「日本で食糧生産を基礎とする生活が開始された時代」という弥生時代の定義に対して、さまざまな異論がもたれはじめている」というのだ。2018/02/06
月をみるもの
16
あたりまえのことだが、風習や文化の変化は漸進的なものであり、ある時点・ある瞬間にそれまでのものが突然入れ替わってしまったりはしない。縄文時代の代表的なアイテムと思われている土偶や石棒が弥生時代にどう引き継がれたのか。金属が普及したあとも、なぜ石器は重要な役割を果たし続けたのか。こうした問いに向き合うことが、銅鐸・銅剣文化圏の謎をとく鍵となる。2022/07/19
Y田
13
歴史の大きな流れとしては弥生時代に入り、稲作、金属器の使用、階層のある社会へ移っていったという事になるが、これらの変化は決してキレイにスパッと起こった訳ではない。北九州地域に伝わった大陸由来の社会、東日本中心の縄文からの伝統的文化などが様々に絡み合って変化していったのがよく分かった。◆鉄器がある程度普及した筈の地域でも非実用的な石器が多く出土するというのがとても興味深い。筆者は「共同体の均質さを重んじる志向性」が働いたものとする。時代が変化する時の人々の動きに想いを馳せている。2022/02/11
さとうしん
10
縄文文化と弥生文化について、従来のような在地系の文化と渡来系の文化の対立という構図には敢えて落とし込まず、金属器の導入などで、実用的な武器と階層社会の導入を拒絶し、非実用的な銅鐸を偏愛して平等社会を保とうとしたりと、人々が消極的な形で新しい文化の受け入れを進めていったという方向で議論を展開する。また、考古学の研究がどのような手順で進められるのかということや、考古学の議論も時代の影響を受けているということに触れている点も評価できる。2017/09/02




