内容説明
以仁王の挙兵に加担し、平氏打倒の端緒を開いた源頼政。以仁王の遺児を奉じて、平氏を追い落とし、入京に成功した木曽義仲。それぞれ悲劇的な最期を遂げる彼らは、時代の転換点となる源平合戦を準備した人物と言えよう。保元・平治の乱、宇治合戦、倶利伽羅峠の戦い、そして都落ちと敗死……。二人の源氏を軸として、皇位継承をめぐる複雑な政治的背景も織り交ぜつつ、動乱の時代を描きだす。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
壱萬弐仟縁
34
義仲は朝廷のために政略の限りをつくした後白河院との権力抗争に負け、滅びた(ⅲ頁)。義仲は平氏に味方する笠原頼直・城助職(じょうすけもと)との戦いに勝利、北陸道諸国を勢力圏に加えた(ⅴ頁)。義仲の思惑(美濃源氏との合流)とは逆に、北へと向かった(108頁)。義仲は木曽の桟を遮断して東山道を封鎖(110頁)。倶利伽羅峠の戦いは、疲労の遠征軍を夜襲で叩く理想的な勝利となった(138頁)。義仲のピークは1180年秋に挙兵してから入京を果たすまで(144頁)。2015/11/20
katsubek
26
頼政塚はよく知っている。「庭の面おもはまだかわかぬに夕立の空さりげなくすめる月かな」という、何でもないような歌が好きだ。さて、そんな頼政と、木曽義仲の物語。勝者であり、同時に敗者でもあった人たちである。歴史が人を押し流す。現代の我々も、また同じく、押し流されるのかも知れない。う~ん、なんか、いい言葉が思いつかないので、これにて終了。2015/10/12
ようはん
22
源頼政と木曾義仲の2人の生涯から見た保元の乱から平氏政権、そして以仁王の挙兵から始まる治承・寿永の乱。清和源氏といえばやたら荒々しく一族同士での争いをしているイメージはあるがその中では摂津源氏系の頼政は文武に秀でた京武者で清盛も一目置いて上手く利用して優遇、幸福な晩年を迎えると思いきや不幸な偶然が重なって滅びてしまった悲惨な人という印象。2021/05/11
黒猫
20
木曽義仲ほど、「滅びの美学」を貫いた武士はいないと思っている。天下人と言われ、京都に源氏の旗を立て平氏を都落ちさせた人物だから。木曽の田舎で叔父に育てられた源氏の子が、以仁王の令旨によりいち早く挙兵。次々と平氏軍を破り都に入る。因みに頼朝は関東で平氏に負けたりしてぐずぐずしてる。しかし、京都で政争にこなれた公家や後白河法皇に翻弄され、満身創痍の義仲は同じ源氏の頼朝に負けて死ぬ。しかし、最後まで木曽義仲挙兵の頃から付き従った家臣は義仲と運命を共に。家臣との結び付きの強さも頼朝と対称的。義仲は大好きだ!2016/10/10
ごん
16
治承•寿永の乱の先駆けとなった源頼政と平家を都から追い出した木曾義仲についての一冊です。頼朝や義経と同じ源氏でありながらあまり大きく扱われない両名でありますが、その歴史において果たした役割は決して小さくはありませんが、頼政は以仁王の蜂起に巻き込まれ自刃に追い込まれ、義仲は軍事能力は優れていながら政治能力が低いため破滅してしまいます。そういった事を考えると政治の天才頼朝と軍事の天才義経があの時代に同時に存在して武士の時代を切り拓いたのは、ある意味、歴史の奇跡かもしれませんね。 2022/05/22