内容説明
誕生の日を待ちながら、母親のお腹のなかにいる「わたし」。その耳に届く、愛の囁き、ラジオの音、そして犯罪の気配――。胎内から窺い知る、まだ見ぬ外の世界。美しい母、詩を愛する父、父の強欲な弟が繰り広げる、まったく新しい『ハムレット』。サスペンスと鋭い洞察、苦い笑いに満ちた、英国の名匠による極上の最新作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
157
語り手は、自らの無力感がもどかしい臨月の胎児。手出しできないというのは当たり前で、誠に説得力があり滑稽だ。思えば、読者は常にその立場だ。起ころうとすることに対し、登場人物達に道理を説きたくとも、成す術がなく、事態の推移にため息をつきながら頁をめくっていくしかないのだから。彼との違いは、母への深い愛だ。息子が母に持つ無条件の愛は愚かしくも深い。彼女の軽率な行為からくる不条理にも耐える。それをメランコリックでなく描けるのはマキューアンの技。性交の描写は賞賛もの。しかし、誰かもう少し彼に気遣ってやれないものか。2018/08/25
のぶ
99
久しぶりに文学らしい作品を堪能した。とは言え内容は難しくもなく、読み難くもない。語り手は子宮の中にいる胎児。そこにいる環境で、いろいろ聞こえてくる事実を通して状況を語る。母親は夫以外の男性と関係を持ち、夫の殺害を画策している。胎児はいろいろな事を知ることになるが、外の状況は見えないので、どんな人物が最終的に何をしようとしているのかが分からない。ユニークなクライムノベルにも捉えることができるし、コミカルな部分も多い。エンタメ小説とは一線を隔す優れた一冊だった。2018/07/26
どんぐり
91
マキューアンの翻訳最新作は現代版『ハムレット』だ。胎内でぴたりと耳を押しつけて母親と父の弟の企みを聞く胎児。自分はこの世に生まれ出てよいのだろうか、と煩悶する主人公。母親と叔父の奸計によって、いままさに父親が毒殺されようとしている。彼らの謀反を阻止し、父親を救うことが果たしてできるのか、子宮の中で覚醒した胎児が語るユーモアとアイロニカルに満ちた言葉の数々。その辛辣ぶりが好きになる。2018/08/01
たまご
51
マキューアンてば,本当にお人が悪い,とニヤリとしてしまう.下手すると両親よりも叔父よりも知能の高そうな胎児.そんな彼が一番純粋な愛にもあふれているような,でも結局は自己愛なのか,ちょっとなやましく.ハムレットの重厚なイメージからはかけ離れた登場人物が織りなす,やるせない生活感と展開が何とも言えません. 生れ落ちたら,胎児の時にあった知性は,だんだん消えてしまうのかしら? 愛だけ残して.2018/10/20
りつこ
51
全能だけど無力な胎児が子宮の中で母と愛人の悪だくみを聴く。とんでもなくグロテスクなのだがブラックなユーモアに満ちていてでもちょっぴり切実で…。胎児がお腹の中でこれだけ物がわかっていたら…と思うと恐怖しかないが、生まれてくる前にこれだけのことが分かってしまっている胎児の方がより気の毒だな…。緻密な調査を行って作品を書いてきたマキューアンが自分の想像力だけで自由に書いたというこの作品。やっぱりマキューアンは意地悪だなぁと思いつつ楽しかった。2018/09/17