内容説明
南極大陸に建設された新国家の首都〈星の都〉で発生した奇病〈自己撞着狂〉。発病者は自らの意志に反して愚行と暴力に走り、撞着狂の蔓延により街は破滅へと向かう――未来都市の壊滅記「南十字星共和国」。15世紀イタリア、トルコ軍に占領された都市で、スルタン側近の後宮入りを拒んで地下牢に繋がれた姫君の恐るべき受難と、暗闇に咲いた至高の愛を描く残酷物語「地下牢」。夢の中で中世ドイツ騎士の城に囚われの身となった私は城主の娘と恋仲になるが……夢と現実が交錯反転する「塔の上」。革命の混乱と流血のなか旧世界に殉じた神官たちの死と官能の宴「最後の殉教者たち」など、全11篇を収録。20世紀初頭、ロシア象徴主義を代表する詩人・小説家ブリューソフが紡ぎだす終末の幻想、夢と現、狂気と倒錯の物語集。アルベルト・マルチーニの幻想味溢れる挿絵を収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
112
ロシア版のサキだなと思った。しかし、こちらの方が辛辣だ。夢が裏切られるような終わりが多いから。「うつつをぬかす」って言葉を何度も思い起こさせた短編たち。革命前に書かれたロシアの短編だった。なんとなく、現代のイタリアや南米のイメージを持って読み始めたのだが、それはきっと南十字星という言葉からだろう。なんとなく気に入ったし、ふとした折にいくつか短編を読み直すかもしれないけれど、この作家さんをおいかけては読まないかな。2016/05/23
HANA
70
いや、面白かった。自己は分かたれ、社会はバベルの如く崩落する。夢や鏡といったモチーフは自己の分裂を表現するに適した主題だが、ここでの主人公はその境が無きかの如くあちらとこちらを行ったり来たり。特に「鏡の中」「いま、わたしが目ざめたとき……」「初恋」等にそれが顕著で、これらは押しなべて傑作。一方で社会や個人の終末を描いたのも、これまた血腥く残酷。「南十字星共和国」も「最後の殉教者たち」も黙示録を思わせるよう。幻想文学の一属性として彼岸と此岸の関係性が挙げられるなら、本書はそれがもっともよく出た一冊であった。2016/04/05
藤月はな(灯れ松明の火)
66
愛があるのにその愛は破滅と未来への残虐で狂気に導く幻想奇譚。J・B・バラードのSFも終末思想だが救いと陶酔があった。しかし、こちらの方は悲惨で救いがない。表題作は人民のために建設された共和国が疫病によるパニックで弱者や子供たちを虐げ、殺戮の場となった描写にユーゴスラビアなどの歴史と重ねてしまい、陰々滅滅となるしかない。「鏡の中」のアイデンティティ崩壊、「今、わたしが目覚めた時」の真の欲望の目覚め、「初恋」の運命の女による自分の存在の消失、「防衛」の死者VS生者と婦人は誰に抱かれたのかが曖昧な描写も悍ましい2016/08/27
星落秋風五丈原
42
狂気においつめられていく人達が多かった。「いま、わたしが目ざめたとき…」「鏡の中」など虚構と現実の境があいまいになるパターンが多い。表題作は一見理想社会に見えながら実は裏でがっつり管理されていた国が崩壊に向かう過程を描く。2018/02/06
くさてる
33
20世紀初頭、ロシア象徴主義者による短編集。それだけだとなんで自分が手に取ったか思い出せずに積読だったのですが、なにげなく開いてすぐ納得。幻想と虚構、夢と現の間をさまよう暴力と愛の物語が詰まっていました。貴族や神官、軍人や姫君、といった人々の織り成す残酷な話もいいのですが、文具店の女店員が文房具に恋し執着していく過程を描いた「べモーリ」、身を持ち崩した男が人生を振り返る、ラストの一言が皮肉と達観に満ちた「大理石の首」、鏡に映る自分自身との闘いと愛の物語「鏡の中」などがとくに印象に残りました。おすすめ。 2023/07/30