内容説明
老齢に至って病いに捕まり、明日がわからぬその日暮らしとなった。雪折れた花に背を照らされた記憶。時鳥の声に亡き母の夜伽ぎが去来し、空襲の夜の邂逅がよみがえる。つながれてはほどかれ、ほどかれてはつながれ、往還する時間のあわいに浮かぶ生の輝き、ひびき渡る永劫。一生を照らす生涯の今を描く全8篇。古井文学の集大成。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
yumiha
27
「老い」ちゅうもんをさまざまに見せていただく。時には、認知症の方のように、時間空間を飛び越えて眼前に繰り広げていただく。気候も物音も匂い(臭い)も触媒となって、足元も身体も心持ちも蹌踉(ふりがなは「よろけ」だった)としながら、杖に頼りつつ彼岸へまで渡りそうになりながら、あちこち歩く。これはエッセイなのか小説なのか、やっぱりワカラン。ストーリーを追うというよりも、読者もつられて揺らぎながら味わう、ちゅう本だな。2018/07/09
michel
21
★-。(←私には評価不可能やわ(^_^;)) 初の古井由吉先生。人生を変える一冊。参ったな。最初から最後まで、気圧される美文。私にはレベルが高過ぎる。いつもの3倍くらい時間が掛かったが、なお、理解仕切れてないだろう。ここまで繊細で鋭敏で、かつ、深く文章を連ね続けられる作品は初めて。三島由紀夫『金閣寺』もそうだったが、また異なる感嘆。 私でも歳を重ねていくと、すべてに本物の老いの声を聞くようになると、由吉先生の域に入って共感出来る日が来るのかな。まだ私が幼いということか。2018/01/13
Kazehikanai
20
ゆらぐ歳を重ねて増えた記憶と深くうちに籠り、混濁する意識に、外への知覚はあいまいになり、老境にゆらぐ作家のことばは、美しくたゆたうようで、とらえどころがないが、日常が時間が季節が過ぎ、移ろう日々が、ゆるやかに描かれていて、ときに文章が長く続いて途切れないのには読みづらさも感じたが、誰にも訪れる老境の追憶は、こちらの自分自身にも過去のあれこれに想いを巡らせ、思いもよらず過ぎし日々を思い返し、悔恨やら諦めやらが寄せ返す、ゆらぐ読書となった。2018/03/18
aloha0307
17
私には少々難解であった。玉の緒 とは魂を繋ぎ止める紐の意の古語 それがゆらいでいく...過去&現在、生と死、自己と他者の境界が溶けあって混然一体となっていく、そのうつろいに読み手の意識も朦朧としてしまう。印象的だったのは、母の臨終場面 白髪の鬢が風もないのに揺れる...そこでみせた作者の分析的思考にドキリとしてしまう。 2017/07/02
Bartleby
14
生者か死者かわからない声たちがひしめき合う交響楽。息の長い文も、いつしか幽境に迷い込んでいく。固有名詞は千年くらい前の歌人くらいしか登場しない。現在はむしろ過去の時間の層に浸食される混沌。古井由吉の文章そのものが、あやうい揺らぐ玉の緒だ。 「玉の緒をよ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする」 この式子内親王の恋の歌はまさに、生きながらふとした拍子に自覚される狂いの兆しを書きつづけた古井文学をうまく要約している。2023/05/04