内容説明
退廃的な田舎町で過ごした“青年のひと夏”。
誇り高い姉と、快活な妹――いま、この2人の女性の前に横たわっているのは、一人の青年の棺だった。
美しい姉妹に愛されていながら、彼はなぜこの世を去らねばならなかったのか? 卒業論文を書くために「廃墟のような寂しさのある、ひっそりした田舎の町」にやってきた大学生の「僕」は、地所の夫婦、妻の妹の三角関係に巻き込まれる。
古き日本の風情を残しながらも、どこか享楽的な田舎町での青年のひと夏の経験から、人の心をよぎる孤独と悔恨の影を清冽な筆致で描いた表題作「廃市」は、後に大林宣彦監督によって映画化された。ほかに「飛ぶ男」「樹」「風花」「退屈な少年」「沼」の全6編を併録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
89
ずっと、「廃市」が読みたかったのですが文庫版は絶版していた所、こちらの版で刊行されていたので購入。紙質が影響しているのか、大きな版にも関わらず、結構、リーズナブルな値段です。何故、当事者である彼以上に彼女達は「彼は妹/姉の方を愛していた」というのか。特に郁代の固執は『狭き門』のアリサの意固地さに気位の高さを足したように感じて不快な息苦しさを覚える程。彼女達の言を取ると彼の言が霞んでしまうという不可解さ。まるで愛している人に向ける愛は、結局は自分が信じたいものでしかないと言うかのように。2018/05/01
はっせー
52
『廃市』のみの感想を書く。卒業論文を書くためにある田舎町へ行くことになった僕。そこで貝塚家で居候をする。貝塚家には姉夫婦の郁代・直之と妹安子が住んでいた。だが実際に見かけるのは安子のみ。あるとき僕が安子にその事情を聞いてみると彼らの事情が少しずつ明るみになっていく…思うことは書き始めが美しすぎるという点😊「木立の間に細い月が懸かって梢や枝を影絵のように黒ずませていたから、河はただ河明かりによってそれと知られるだけだった。」これが主人公が旅先で眠れないから起きてしまいそこで見た風景だと思うとすごい2025/08/14
逢沢伊月
21
最終的に心中を選ぶのはどうなんだろうと思いつつ、 目の前の現実を受け入れた秀には、確かに小さな幸せがあった気がする。 読んだ方、どう感じましたか?2025/04/24
冬見
16
【廃市】 青年Aは卒業論文を書くために訪れた田舎町で、地所の夫妻と妻の妹の三角関係に巻き込まれる。頽廃と享楽とが背中合わせに両立したその町は、旧弊で因習的な空気が圧倒的に強い"次第に滅びつつある町"だった。福永武彦の作品にはこういう町がよく出てくるが、本作では主人公である青年Aが事件に対しても土地に対しても最初から最後まで傍観者でストレンジャーであるからか、他の作品で感じた曇天の空に押しつぶされるような圧迫感はなく、その代わり、荒野に一人取り残されたような心許なさと呆然とした心地が胸に残った。2019/05/15
桜もち 太郎
15
何だろうこの退廃的で静けさの中にもズキュンと胸を刺すような文体。あるのは退屈、倦怠、無為、ただ時間を使い果たしていくだけ。「廃市」では主人公の青年Aが夏に卒業論文を書くためにある街を訪れる。そこで三角関係に巻き込まれる話。美しい姉と快活な妹、そして姉の婿である直之の三者の微妙な心の揺らぎ。直之の死に唖然とするわけだが、その死さえも必然と思わせるような筆致はさすが。「退屈な少年」も良かった。運命との賭けにをするためにピストルを手にした謙二。病弱で哲学的で不安定な少年の心を絶妙に描いていた。短編6作品を併録。2022/01/22