内容説明
『万葉集』を代表する歌人であり編者でもある大伴家持。歌人というイメージが強い彼だが、『万葉集』巻末の歌を最後に、歌は残ってはいない。なぜ68歳まで生きた彼が42歳で歌わなくなったのか──。古より続く武門の名家の嫡流としてのプライドをもちながらも、政治的には不遇を託つ家持。そんななかでも、歌を愛し歌をよりどころとして生きた彼が、その歌に込めたものはなんだったのか。日本という国の形成期に、自らの内面を深く見つめた家持の歌と人生を描く。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
宵待草
68
大伴家持は奈良時代の歌人で、大納言:大伴旅人の子供です。 三十六歌仙の一人でも在ります。 『新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重しけ吉事』、、、此の和歌ほど、新年に相応しい秀歌は、他に無いのだろう!と思って来ました。 『万葉集:巻20・4516』の巻20の巻末の和歌です。 此の本は、東京大学教授:鉄野昌弘に依る良書です。 『スケザネ図書館』のYouTubeでも、鉄野昌弘教授を招き『百人一首』特別講義を連載して居て、楽しみに観て来ました。 やはり、流石の講義です。 鉄野昌弘さんの、、、コメントへ続く2023/01/03
井月 奎(いづき けい)
51
大伴家持は政治家としては人の心を理解しすぎ、歌人としては氏上(氏族の長)としての責任感が強すぎたように思います。あふれるほどの才覚を持った歌人として万葉集を編纂して、そこに多くの歌を残した家持は氏上としての、そして政治家としての責任感と野望からでしょうか歌を捨てます。しかしそうまでして心血を注いだ大伴という氏は藤原氏の影に負け、隠れ行きます。家持の歌がそれでもしかし千年の命を得ているのは皮肉とも思いますが、芸術の力だとも思います。家持の歌が寂しいのもむべなるかな、です。 2022/01/18
千早亭小倉
0
「夢の逢いは苦しかりけり 驚きて掻き探れども手にも触れねば」夢で逢えたら、夢であっても逢えたら、夢で逢えても……いろいろですね。折口信夫が「(古代人にも大伴家持のような)こんなに深い心で静かに物を考え、独り悲しんでいる人があった」と書いていて(まえがきの受け売りですが^^;)、興味が膨らみました。テーマ別に家持の歌が紹介されているので、名言集みたいなものとも言えるかも。名言集的なものに走るというのも、お手軽志向ですが。2013/10/26




