内容説明
「ともかくも、日本とこの隣国は、交渉がはじまってわずか二百年ばかりのあいだに、作用と反作用がかさなりあい、累積しすぎた。国家にも心理学が適用できるとすれば(げんにできるが)、このふたつの国の関係ほど心理学的なものはない。つまりは、堅牢な理性とおだやかな国家儀礼・慣習だけでたがいをみることができる(たとえば、デンマークとスウェーデンの関係のようになる)には、よほどの歳月が必要かと思われる。」(あとがきより)
おもに日露関係史の中から鮮やかなロシア像を抽出し、将来への道を模索した、読売文学賞随筆・紀行受賞の示唆に富む好著。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
k5
94
シリーズ「私の頭の中の司馬史観」特別篇。中学生のころ司馬遼太郎を読んでいて、その思想が頭のどこかにこびりついているとしたら、そのことに感謝したくなるような名著です。冒頭から北方領土問題について、外交的に領土であることを主張し続けることは必要だが、実際にそれを取り戻すふりをして世論を盛り上げることは有害、とバッサリ。その後も人と人との境界の抱える問題について、シベリアやモンゴルをテーマに語ってくれます。現在、ロシアというかプーチンのやっていることは、もはやその範疇ではないですが、多くの示唆のある本です。2022/03/12
molysk
81
この巨大な隣国をどう理解するか。日本とのかかわりにおけるロシア像をとりだす。タタールのくびきと呼ばれるモンゴル帝国の苛烈な支配を脱して成立したロシアは、近代化を経てもその原型に遊牧民族の気風を残すことになる。コザックの東征でシベリアを得て極東に至り、江戸幕府と接触する。交渉の場でロシアが見せた洗練と粗野の二面性は、ヨーロッパの優雅な文化が流入する西の欧露と、原住民を荒々しく屈服させて得た東のシベリアを併せ持つ、この国の性なのだろう。ロシアとかかわりをもつには、この国の原型への理解が欠かせないのではないか。2023/03/19
koji
69
「坂の上の雲」の余熱が続いています。未読のこの名著で、北方ロシアをもう一度じっくり考えました。司馬さんの眼は肩入れも憎悪もなく公平に見えます。それ故にか、ずっと、日本・欧米史観でしか考えてこなかった私には衝撃でした。本書は①タタールのくびき(259年)の恐怖、②イワン雷帝とストロガノフ家・コザックによるシビル汗国攻撃、③露米会社による毛皮獣の販売と17~18c日本との交渉失敗、④18cロシアの商業的・軍事的・文学的発展、④モンゴルの悲劇等歴史を丹念に追います。司馬さんに今の日ロを語ってもらいたかったですね2024/06/15
k5
68
今年を締めくくる意味でも再読。「ウクライナ軍は士気高く、都市Xを奪還せり」みたいな報道を見るたび、司馬史観の中立性に感動します。ここで司馬遼太郎が語っているのは、ロシアとは征服者であったと同時に、長い被征服者としての性格を持っているということではないかと思います。「理由もなく他国に押し入り、その国の領土を占領し、その国のひとびとを殺傷するなどというのは、まともな国のやることだろうか」という文章はどうしてもプーチンを連想させるけれど、この文章で司馬さんは日本のシベリア出兵を描いている。この公平感を持ちたい2022/12/04
優希
53
ロシアをいかに理解するかが述べられています。長い間、ロシアに深い興味を抱いていた司馬さんだからこそ鮮やかなロシア像を描き出しているように思いました。日露戦争関係から鮮やかに歴史を引き出し、この先どうすべきか将来について模索する。それは今後の歴史として刻まれていくことでしょう。2023/09/15