内容説明
ピレネーの旧家デュ・ラブナン家のイヴォンは、スペイン戦争の際レジスタンスに参加し、失踪する。同家の小作人、ジョゼフ・ラルースはイヴォンと行動を共にするが、単独で帰国後、イヴォンから山を贈与されたと主張し、そこに鉱脈が発見されたため裕福となった。二十年後、死んだはずのイヴォンから手紙が届き、裁きが行なわれるだろうと無気味な予告をしてくる。それが現実となって、ジョゼフの次女オデットの首を切り取られた惨殺死体が発見される……。司法警察のモガール警視の娘ナディアと不思議な日本人青年矢吹駆は真相究明を競い合う。日本の推理文壇に新しい一ページを書き加えた笠井潔の華麗なるデビュー長編。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
セウテス
58
笠井潔氏のデビュー作品です。外国が舞台の日本人が矢吹駆しか登場しない、オモワズ翻訳作品かと勘違いしそうになりました。作風も殺人の犯人やトリックを暴くだけではなく、思想のぶつかり合いや村問題、戦争と革命に対する論理の展開など、かなり重厚な作品でした。ミステリーとしても、朝からアパートで見つかる頭の無い死体、演出も背景もトリックまでも考え抜かれた、推理を楽しめる作品でした。そして、なんでも無いお嬢さんが犯行を解説して終わってしまう、なんて事はあり得ない、むしろ首を突っ込めば痛い目に遭うと言う現実に納得します。2014/09/11
藤月はな(灯れ松明の火)
47
ミステリーの解説の印象でてっきり、作品も「黒死館殺人事件」ばりの衒学ミステリだと思いきや京極堂シリーズみたいに読みやすくて拍子抜けしました。アンチ探偵小説でありながら左翼活動没落期に生み出された本格。駆氏みたいに人間に絶望し、滅亡を願いつつも生きている矛盾に苦しむ人は今もいると思います。「人一人の言動が与える影響は所詮、大海に投じる一滴だ」、「革命の本当の敵は人民」、現象の意義、観念の殺人と自殺などが論じられていてその疑問に付随する葛藤が少しだけ、軽くなりました。ナディアには嫌悪しか湧かなかったのですが2012/02/18
藤月はな(灯れ松明の火)
44
クリスマスまで醸造するつもりがこらえきれなくて再読。哲学問答とドストエフスキーの「悪霊」のテーマへのオマージュと「探偵は本質直観を持って犯人に到達する」というアンチ探偵小説を本格推理小説という形で表したミステリー。やっぱり、ジャン・ポールが一番、好き^^2012/12/19
みっぴー
41
日本人がなぜパリを舞台にしたミステリを書くのかが謎でした。哲学談義が多くて物語に熱中できず、とりあえず表面だけなぞって理解した気分に…。唯一の日本人にして探偵役の矢吹駆は冷たくて陰気な印象。人間味が無くて機械が喋っている感じでした。残念なことに、始めから終わりまで事件に全く興味を持てずに終わってしまいました。読み手を選ぶ、といわれるのに納得。私はちょっと合わなかったみたいです。2016/02/14
ころこ
40
探偵小説から入るのか、思想的背景から入るのかによって読み方が変わる。ぼくは後者として読んだ。「2人でいることの病」が「ルブナン」(回帰)によって破られる。ラカンがモチーフになっていると思われる。その他にも様々な思想的文化的なジャーゴンが散りばめられている。現象学的推理は京極夏彦に影響を与えているようにみえる。本作が『構造と力』以前の79年であり、著者が浅田彰より一世代前の団塊世代であることに驚き、改めて団塊世代の潜在力と時代の可能性をみる。同時に矢吹駆=著者に露になるナルシシズムは団塊世代の限界でもある。2022/09/21