内容説明
充たされない結婚生活を送るモルソフ伯爵夫人の心に忍びこむ純真な青年フェリックスの存在。彼女は凄じい内心の葛藤に悩むが……。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
のっち♬
126
復古王政初期、子爵フェリックスにより舞踏会で一目惚れした伯爵夫人アンリエットとの悲恋が綴られる。あくまでプラトニックな関係を望み、社交界での処世術をアドバイスするアンリエットからは母性に近い愛情が感じられるが、これが終盤で見せる凄まじい嫉妬や葛藤を引き立てている。満たされない結婚生活の中で、熱烈な求愛に揺れ動く彼女の心理表現や、フェリックスの欺瞞と身勝手さを暴いていく終盤の展開などは著者の真骨頂だろう。どの場面描写も実に丁寧で、全編通して甘美な官能が渦巻く。ナタリー夫人の皮肉たっぷりの手厳しい返しも秀逸。2017/10/09
よむよし
108
一人の中年女性が持つ2つの姿。崇高、清浄な夫人と生臭い女。バルザックは若い頃から様々な女性と関係していて、その女性たちが合わさって人物像になったのだろう。作者の想像力だけでは生まれ得ない内容で経験と反省が伴わなかったらできない。死後読んでほしいと言っていた「…もはや母としての気持ちを半ばしか感じなくなりました。この恐ろしい衝撃は…意識されないで眠っていた欲情に火をつけました。」「…ほんとに興奮と嫉妬と憤慨の連続でした。…殺してやりたい、あの女が死んでくれればいいと願い…」まさに激しい女の息づかいがある。2024/06/04
syaori
68
フェリックスが恋人ナタリーに綴る初恋の顛末。『谷間の百合』とはその相手、美しいモルソフ夫人のこと。そして聖なる愛を目指しつつ抑制できない官能を湛えた彼らの恋もまた、清楚な姿に芳醇な香りをまとう百合の花のよう。官能と貞節の間を揺れ動く恋は緊張感と苦悩と恍惚に満ち、最後は夫人の苦悩に洗われた痛ましく哀しい美しさに胸打たれずにはいられません。しかしここで終わらないのがバルザック!この手紙へのナタリーの返事が振るっていて、天上を志向する『神聖喜劇』(『神曲』)に対する『人間喜劇』の名にふさわしいものがありました。2018/11/02
えりか
57
借り本。谷間の百合は凛と美しく花開き、官能的な香りを放つ。誰かに摘み取られることを拒み、必死に純潔を守る。その一方で本当は摘み取られることを望んでいる。孤独に咲くよりも茎を折られてしまいたいと。肉体的な欲望に流されない二人の愛はきっと高潔だったのだろう。愛によって精神的に高められる一方で果てしない欲望への葛藤に悩む二人の姿は辛い。肉体的な愛だけならばいつか終わってしまう。でも精神的な愛はいつまでも心に残る。永遠に結ばれることがないからこそ、その愛は永遠に続く。風景や心情の描写が細かく文章に繊細さを感じた。2017/03/04
白のヒメ
50
人妻であり子供もいるが、宗教的な観念から自分を律し、若い男を愛して「心」が通じ合っても「体」は触れ合う事が決して無いという、プラトニックな不倫を貫いた美しい女性「谷間の百合」の物語。この年になって読後思うのは、やっぱり手に入らないから、どこまでも「美しい」のだろうということ。普通に肉体関係を持って不倫した相手には、お互いに飽きがくるもんだ。そして飽けば、何事も美しくなくなる。それが人間の性。うがった若造の主人公が、この物語を書簡として送った相手の反応が痛快。これぞフランス流エスプリ。2014/11/13
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