ちくま文庫<br> 裸はいつから恥ずかしくなったか ──「裸体」の日本近代史

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ちくま文庫
裸はいつから恥ずかしくなったか ──「裸体」の日本近代史

  • 著者名:中野明【著】
  • 価格 ¥825(本体¥750)
  • 筑摩書房(2016/08発売)
  • ポイント 7pt (実際に付与されるポイントはご注文内容確認画面でご確認下さい)
  • ISBN:9784480433626

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内容説明

老若男女が入り乱れる混浴の公衆浴場、庭先で行水をする女性たち、裸同然の格好で仕事をする人々……。幕末、日本を訪れた外国人たちは互いの裸に無関心な日本人に驚き、その様子をこぞって記録した。しかし急激な近代化が日本人の裸観に影響を与え、いつしか裸を不道徳なものと見なすようになる。同時代資料を丹念に読み解き、日本人の性的関心と羞恥心の変遷をたどる「裸」の日本文化史。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

リキヨシオ

33
150年前の公衆浴場を描いた混浴図…当時の日本人は、現代人にはとうてい考えられない「裸体観」を持っていた。混浴なのは当たり前で、男女共に「裸体は顏の延長」と考えられ、日常的だった裸体に羞恥心を感じる事自体が困難だった。そんな開国されたばかり日本人の裸体観にほとんどの外国人は驚愕した。裸体を徹底的に嫌悪した外国人、自身の裸体が鑑賞される事を認識した日本人、明治政府による徹底的な裸体の弾圧…裸体を隠す事によって裸体の「性的趣味の非対称性」という現象が顕著になり現代の裸体観へと繋がったという。2017/11/14

ぶんぶん

28
【図書館】暑い折、歩いて図書館へ。で、借りたのがコレ! たまには気楽に「裸体」の世界へ。江戸時代は混浴が当然だった。しかして、西洋文化の訪れと共に「羞恥心」の定義も変わって来た。「下田の公衆浴場」から「裸体観」を現代まで考察する裸の文化史。「湯屋」の歴史から戦後GHQまで、いろいろな現象を考察。何故、往来で立小便をしていた日本人が、人前で行水をしていたのに、人前で自然に授乳していたのに、なぜ見なくなったのか。歴史から読み解く日本人の性的関心と羞恥心の変遷。為になるか、ならないか読んで見なくては判らない。2022/08/16

ハイちん

21
ほんの150年前の日本では裸は日常の風景だったらしい。当時、裸体は「顔」の延長線上にあった。性的な好奇心が裸体に注がれることはほとんどなかったし、羞恥心という概念もなかった。人前で裸になることに対して寛容な文化が、現在のように変わってしまったのは明治維新に伴い価値観が西洋化したことが大きい。西洋文化は裸体をセックスと結びつけ、下着によって隠された部分は性的好奇心の対象となった。性的好奇心の増大は羞恥心を生み育てた。裸体を晒すことは権力者により悪と見なされ処罰の対象となった。価値観というものは実には儚い。2017/11/09

ゆきこ

18
幕末に描かれた下田公衆浴場の絵を出発点に、日本の混浴習慣と裸体観を考察していく一冊です。とてもおもしろかったです。初めて知ることも多く、とても楽しく読めました。ほんの150年ほどで人々の感覚や常識がこうも変化するのかと驚きました。外国人の視線を気にしすぎる日本人、という点だけは今も昔も変わらないなぁと思いました。2017/02/15

はふ

14
「常識」はいかにして作られるのかー。かつて、私たちの祖先(約150年前の日本人)は、銭湯は混浴で当たり前であるというような、男女問わず裸である事が、至って普通という世界に生きてきた。現代の私たちには、到底考えられない常識を持っていた。 ではいつからその常識が崩れ、現代の常識が生まれたのだろうか。文化と文化が触れ合う時、必ず摩擦が生じ、一方の常識のメッキが剥がれていく。 本書は「裸」というテーマ一つで、話を押し広め、「常識」についての議論に切り込んでいく。常識や当たり前について考えさせられる一冊となった。2021/04/22

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