内容説明
道東釧路で図書館長を務める林原を頼りに、25歳の妹純香が移住してきた。生活能力に欠ける彼女は、書道の天才だった。野心的な書道家秋津は、養護教諭の妻伶子に家計と母の介護を依存していた。彼は純香の才能に惚れ込み、書道教室の助手に雇う。その縁で林原と伶子の関係が深まり……無垢な存在が男と女の欲望と嫉妬を炙り出し、驚きの結末へと向かう。濃密な長編心理サスペンス。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
387
本書もまた釧路を舞台にした物語。町も閉塞感が漂うし、登場人物たちもことごとく鬱屈を抱えている。そして、町にも人にも出口が見えない。そうした中で唯一、無垢ゆえに孤高を保っているのが純香である。そうはいっても、彼女の孤高は自立してのそれではなく、あくまでも林原の庇護があってはじめて成り立つものである。小説の構成は緊密といえばそうだが、あまりにも世界が狭すぎるだろう。もっとも、それこそが釧路なのであるのかも知れない。主要な登場人物は二組の男女で、共に美形なのだが、全ては濃霧の中に埋没してゆくかのごとくである。2024/05/15
ミカママ
257
誰も幸せになっていないのに、それでいて、みなが落ち着くところに落ち着いたのかな。純香がひたすらに純粋で切ない。彼女の存在が他の大人たちのズルさを浮き上がらせる。道東の四季の移ろいが印象的で。桜木さんの作品中、個人的ベスト3に入ると思います。2016/08/24
じいじ
120
気持ちを激しく揺さぶられながら、胸奥に静かに沁み込んでくる、いつもの桜木小説の読み心地です。書道家・秋津龍生の夫婦と図書館長・林原兄妹の四人を芯にして語らます。四人の繊細な心情のウラとオモテが、丁寧に描かれているのが面白い。とりわけ、純粋で無垢な書道の天才純香に対する、書道家・龍生の憧れと嫉妬の感情描写が印象に残った。桜木作品の中でも、上位に数えたい傑作の長編小説だと思います。2018/10/29
まさきち
108
龍生も、怜子も、信輝も、里奈も詐病の母も、誰も好きになれなかった。でも彼らのように何かをごまかしながら生きている部分は自分の中にも少なからずあるのかな、そんなことを思いながらの読了です。2019/08/10
dr2006
98
湿原を湛える釧路という街は、自然の色が勝り決して彩りは鮮やかではないが、桜木さんが描く人々はいつも艶やかで激しい。今作も期待通りの感動に苛まれた。書道家秋津龍生とその妻養護教諭の伶子、図書館長の林原信輝とその妹純香の物語だ。林原の図書館で小さな個展を開いた秋津は、純香の真っ直ぐな感想と記帳の字の美しさに驚く。純香は皮下で醸成していく人々の野心や腐心を、フィルタや忖度無しに口外することができる。無垢の存在に周りは暗に扇動され、嫉妬と欲望がモノトーンの世界で艶めかしく発光するのだ。夢中で読んで深く刺さった。2020/03/15