内容説明
さびれた芝居小屋の淋しい楽屋に、一人の女が座っている……。女の名前は五月洋子。大衆演劇「五月座」の女座長である。やがて客入れの始まる音が聞こえ、いよいよ初日幕開きの時刻が近づいてくる。洋子が舞台化粧を始めたその楽屋に、かつて彼女が捨てた息子だという人物が現れた――。捨てたのではない、ああするより他に仕方なかったのだ。わかっておくれ……。洋子の語る物語に、観客は幻惑されていく。井上ひさし初の一人芝居にして、一人芝居というジャンルの中でも最高峰と讃えられる傑作中の傑作戯曲。併せて松尾芭蕉の生涯を描く、歌仙仕立ての名作『芭蕉通夜舟』も収録。モノローグの至芸を味わえる戯曲集。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
332
表題作は、井上ひさしの一人芝居。裏表紙の惹句によれば、「フランス・アメリカ・カナダ・スペイン・韓国・メキシコなど全世界で大好評を博した」とあるが、これほど徹底した大衆演劇が海外で受け入れられたのは、不思議な気さえする。かえって強いエキゾティスムを喚起したのだろうか。本作は題材が大衆演劇であるばかりではなく、お芝居そのものがまさにドサ芝居のそれである。したがって、そこに漂う哀愁もまた、ことさらにくどくわざとらしいそれである。もちろん、そのことこそが井上ひさしの狙いに他ならないのだが。戯曲よりも舞台向きか。 2018/10/08
新地学@児童書病発動中
97
表題作と『芭蕉通夜舟』を収録。『化粧』は大衆演劇の座長五月洋子による一人芝居。洋子が一人息子と再会するというありふれた人情劇の中に、さまざまな趣向が張りめぐらされている。虚構の世界と現実の世界が境目がぼやけてくる点が面白い。井上ひさしの大衆演劇に対する挽歌でもあり、深い悲しみを感じた。洋子が狂気の世界に行ってしまう結末には鬼気迫るものがあり、読者の涙を誘う。『芭蕉通夜舟』は芭蕉の生涯を描きながら、真の芸術とは何かという問いかけがなされる。松尾芭蕉と井上ひさしの人生を、重ねあわせて読んだ。2017/10/13
法水
3
渡辺美佐子さんが大衆劇団の女座長に扮した「化粧」と小沢昭一さんが芭蕉に扮した「芭蕉通夜舟」、一人芝居の戯曲2本を収録。「化粧」は「演じる」ことに潜む狂気を感じさせる。この作品に必要なものとして、「観客の活発な想像力」が挙げられているけど、観劇というのはそもそもこの狂気を分かち合う行為なのかも知れないなとも思ったり。「芭蕉通夜舟」は繰り返される雪隠の場面が印象的。軽妙に演じる小沢昭一さんの姿が目に浮かぶ。「松島やああ松島や松島や」と詠ったのが勝手に広められた俗伝・俗談だとは知らなかった。2018/02/28
Reiko Murano
3
女優一人芝居の名作。同録の、芭蕉モチーフの一人語りもとっても面白い。この人は本当に人がよくわかっているなあ、わからないということも含めて。2012/06/10
佐伯りょう
3
脚本家、座付き役者としての井上ひさしの真骨頂。凄まじくも悲しい。悲しくてふてぶてしくて、いじらしい。2012/02/23