内容説明
ヒロシマを生きた人々の、「命」の物語。
一瞬の光が広島の地を覆うその瞬間まで、あの場所にいた人々にどんな時間が流れていたのか。そして、生き残った人々は、苦しみと哀しみの中でどう生き抜いてきたのか――。被爆二世の著者だからこそ書ける、真実をモチーフにした物語です。 児童文学作品として発表されながらも、幅広い年代の読者の心を揺さぶった『八月の光』。戦後70年の節目を迎えたいま、書き下ろし2編を加えて待望の文庫版を電子化しました。
巻頭の『雛の顔』は、その日勤労奉仕をさぼって命拾いをした女性と、それを責めた女性、それぞれの心の変化とその後の人生が、続く『石の記憶』では、広島平和記念資料館に展示され、原爆の悲惨さを伝える「白い石段の影」にまつわる物語が描かれます。『水の緘黙』では、苦しむ人を助けられずに一人逃げた少年の自責の念が救われるまでの物語。『銀杏のお重』では、戦争で女性だけとなった家族が、戦争を、原爆をどう生き抜いたか。ときに悋気にもならざるを得なかった女性たちの悲しみと強さが描かれます。『三つ目の橋』は、原爆で父と弟を、そして原爆による放射能症によって母を失った姉妹の物語。「ピカに遭うたもんは、たとい生きても地獄じゃ」。本作品に出てくるこの一文が、生き残った人々のその後の苦しみを集約しています。
決して特別な人の特別な物語ではなく、私たちと同じ市井の人間の物語。あの日の光が、あの場所に生きた人々の魂の声が、いま再び届く――。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ちゃちゃ
102
静かで深い鎮魂の物語だ。広島の夏空を切り裂いた閃光は、一瞬にして多くの人の命と暮らしを奪った。この世から「あとかた」もなく消息を絶った人。銀行の石段の影となって息絶えた人。生き残った罪悪感に苛まれ記憶を失ってしまった人…。被爆二世の著者によって丁寧に紡がれた5つの物語を、今年も深く心に刻む。それは、平和な社会を享受する私たちの使命と言えるのかもしれない。原爆の犠牲になった人々の確かな息づかいを、彼ら彼女らの「失われた声」を記憶に留めること。無意味な生などあってはならない。76年目の広島原爆忌に。2021/08/06
そら
85
八月にあの悲しみを忘れないように。広島での原爆投下後の混乱を語った短編集。その時、どこにいて何が起こったか。わずかな奇跡で生き残った者が、死に逝く者たちを見聞きし、その後を語る。思い出すのは手のひらを上に向けて、焼けた皮膚をぶら下げさまよう人たち。水を求めて川や用水で力尽きた人たち。飛び出た目玉を手で受け止める男の子。私はそれを目撃していないが、ピカ体験を描いた絵たちを覚えている。なぜ彼らは死ななくてはならなかったのか。影しか残らぬ人生はあまりに悲しい。人が争わなければ起こらない戦争が今また起きている。2022/08/20
おかだ
59
8月6日に読んだ。日本は間違って無かった潔白だ、なんて言わない。けれど、だからといって私達は、こんな爆弾を落とされる必要があったのか? 違う。これは完全に一線を越えている。この一瞬の光の下には、数え切れないほどのありふれた日常があった。些細な事で笑い、泣き、普通に暮らすなんの罪もない人々がいた。それが一瞬で終わった事、あの日の光を…今を何不自由なく暮らす事ができる私達は、ただとにかくあの日の光をどの国のどの地の上にも繰り返さない事を。強く誓わなければならない。それが私達にできるたったひとつの事。2019/08/06
馨
44
原爆の悲劇は二度とあってはならないと改めて思いました。生き残るも地獄、死ぬのも地獄。2015/10/17
瑪瑙(サードニックス)
39
「雛の顔」「石の記憶」「水の緘黙」は『八月の光』で読了済。再読してもう一度心に刻み込んだ。「銀杏のお重」と「三つ目の橋」は初読み。「銀杏のお重」婚家が嫁を離縁して里に帰す時に豪華なお重を渡さなかった事ははなんだか人間の心の汚さ、貧しさを見せつけられたようだった。「三つ目の橋」は原爆から生き残ったのに、その後も体の不調がいつ現れるかわからない不安と世間の偏見に苦しむ姿になんともいえない気持ちになった。主人公と同じ思いをした人がきっとたくさんいたに違いない。原爆なんていらない。核兵器なんてなくなればいい。2018/07/23