内容説明
真名がいた間、弱いのはいつでも私だった。
真名は姿を現すと、野良猫にでも近づくようにゆっくりと近づき、右手の人差し指を持ち上げ、まるで指紋を見せるかのように私の目の前に差し出した。私は左手の人差し指を、真名の指に重ねた。真名は野生動物のように微笑んだ――。
真名は街のショッピングセンターの商売繁盛の神様“恵まれさん”をしている。私は“恵まれさん”の“執事”。私は真名を愛することに日々を費やしている。一学期が始まって、父が沖縄から家に帰ってきた。そして真名と鉢あわせをした。父に真名との関係をすべて打ち明けると、父は真名にこう尋ねた。
「将来なにになりたい?」
変化の兆しが表れたのは六月末。真名がなんと、“恵まれさん”を引退すると言いだした。それは、真名が、この街を去ってしまう日が近づいているということでもあった。“恵まれさん”を引退した彼女は、とうとうお金に触れるようになってしまう。とたんに、彼女の外見と行動にも変化がみえ始め、私は動揺する。
そんな私と真名の目の前に現れたひとりの少女――それは私よりも昔、真名の“執事”を務めていた縁だった――。
耽美、哲学的百合小説。堂々の完結。
「君が僕を」のメッセージがいま、解かれる。
※※この作品は廉価版です。廉価版にはイラストが入りません。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
訃報
6
ことばにならないものをことばで書くという、絶対に達成されることのない尊い愚行。ことばは取りこぼし、歪曲する。ことばにできないからこそ美しいと、きっとわかっていながら、それを取り戻そうと、留め置こうとすることに抗えなかった、それほどに美しいものだったのだろう。その美しさの片鱗を、きっと読者は感じている。でも、それだって歪曲したものに過ぎなくて、人と人が完璧な伝達を達成することはできない。ただそのように見せかけているだけで、でも、この小説のことばは「本当」に届いていると錯覚させるだけのものがあった。2016/08/28
キン
4
正直わからなかった点が多くて、特に最後のシーンが作品に全体的に重要な気がするけどどう解釈すればいいかわからない。哲学や抽象的な描写が多い割に、分かりやすく直接心を貫くものも多く詰まった一巻でした。読んで良かった。2023/06/30
アオヤギ
4
1巻の時点で淳子は「本当に真名がお金に触れていないのか」について異常な執着を見せ、そのあとは「本当に真名は自分を好きでいてくれているのか」に拘り続けている。でも真名は「本当」という言葉を拒絶するので、淳子の不安は解消されることがない。懐疑心と執着心と「どこかに本当があるはず」という思いが4冊分の文字を生んで、読者はとうとう淳子がたどり着けなかった「形のない」「本当らしき」ものを読む。でもそれも「本当」ではありえなくて、意地悪な小説。2012/11/06
砂
4
選択しないということ。それもまた選択であり、答えないということ。これもまた答えなのだ。だとすれば、私たちは選択し、答える以外の術を持たないのだろうか。いや、それ以外の方法は確かにある。しかもそれが出来るのはほんの一時でしかない。そしてそのときを過ぎた人はそれを恐れ、憧れ、妬むのだろう。選択も答えることも超越しうる行動は確かに存在しうる。しかしそれはテクストの中の出来事。私たちはただそれを補完するためだけに、この小説を読まざるを得ない。2010/08/19
竹花 樒 - Shikimi Takehana
4
指を重ねる行為を外示する"ある文彩"によって、「問いかけ」と「答え」に立ち現れた空間の形態が綺麗に縫合され表題の意味が明らかになるシリーズ完結編。時間を隔てた額縁構造を描く物語は逆説的に固定された"中立点"の空間の中、まさにデジタルフォトフレームの「額縁」の中で、"静止画、かつ立体映像"の〈喜劇〉を我々「読者」に視せてくれた。パラテクストとしての中里十のあとがきの「お笑い」とは逆に絵師のそれで〈ライトノベル性〉を獲得したこのアンビバレンスな物語を「書体家」の真名の字面で「名文家」の淳子が彩り紡いでいくのだ2010/08/18




