内容説明
平家滅亡の直前、女院らとともに西海に逃げた松虫と鈴虫の姉妹。松虫が屋島の戦いで、源氏方の那須与一に扇を射抜かれたことから姉妹は疎まれ、浜で暮らすようになるが、さらに公吏としてやってきた那須兄弟の宴席に侍ることになる(「平家蟹異聞」)。落日の平家をめぐる女人たちを華麗な文体で描いた短編集。オール讀物新人賞受賞のデビュー作。NHKラジオドラマ化原作(出演:西田敏行、竹下景子)。
感想・レビュー
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アルピニア
57
源氏あるいは平家に関わりのある女性の視点から描かれた六篇。文章に流れるようなリズムがあり、言葉のつながり、ひろがりが美しく、読んでいて心地良かった。内容は哀しみに満ちているのだが、どの話も最後は静かな清々しさを感じる不思議な読後感だった。「常緑樹」「後れ子」が特に良かった。建礼門院徳子のことば「亡き人々を、思い出すために、私は後れたのであろう。思い出す人がいなければ、亡き人々は皆、救われぬもの」が胸に沁みる。解説(大矢博子氏)も読み応えがあり、平家物語、歌舞伎、奥山さんの他の作品にも興味がかきたてられた。2018/05/16
Mijas
28
「平家物語」を紐解きたくなる一冊。琵琶、謡曲、義太夫などを聴いているかのように、古典的な風情と美しく流れるような文体。「俊寛」「義経千本桜」「熊谷陣屋」「建礼門院」などの歌舞伎をベースに、登場人物たちの「その後」や新たな一面が描かれる。常盤御前と藤原長成、松虫と那須与一、俊寛と千鳥、敦盛を討った熊谷直実、静御前と北条政子、交わされる会話や台詞に人間味が加わり、史実では悲劇であった者たちに一筋の光が差し込まれる。「常緑樹」が良かった。常緑の安らぎと円環して途切れぬ時を教えてくれた。「一条大蔵譚」を観たい。2017/07/10
森の三時
26
歌舞伎などの演目を題材にとって、作者さんが独自の異聞として書いているのだと思いますが、心に沁みるものが多かったです。源平の戦の世に、女の身はままならないけれど、悲しみだけではない、むしろ凛とした花のような佇まいを感じました。あたかも花弁を散らさずに、花の姿のまま散る夏椿。運命に翻弄される女たちに対し、その運命を変えてやることはできないけれど、傍らにいて最大限の情けをかける者たちの言葉に心動かされました。何よりも日本的な美しさを感じる台詞回しや自然の描写にうっとりしました。2017/07/01
マツユキ
21
『平家物語』の女性たちの物語。常盤御前、那須与一、俊寛、静御前、熊谷直実、建礼門院徳子。有名なエピソードの陰に、そんなストーリーがあったかもしれない。悲劇のイメージが強い平家物語ですが、どの主人公も、自分で選んで、生きる場所を選んだんだな、と感動しました。2022/06/30
真理そら
17
再読。平家物語の雰囲気も歌舞伎の雰囲気も残しつつ、平家の女たちをややポジティブな視点から描いている。冒頭の『常緑樹』では美しいのに、あるいは美しさ故にか世の流れに翻弄された常盤の話。「きのながなり」の描き方が好きだ。常盤が胸中で気にしている子供たちの消息もさらっと伝えてくれたり、夫として完璧ではなかろうか。最後の『遅れ子』は『建礼門院右京大夫』(大原冨枝)と重なる物語。ここで「廊の御方」が登場するのが「常緑樹」とつながって楽しい。登場人物では『常緑樹』の竹丸が一番好きだ。2017/10/27