内容説明
人類初の火星探査に成功し、一躍英雄(ヒーロー)となった宇宙飛行士・佐野明日人(さのあすと)。しかし、闇に葬られたはずの火星での“出来事”がアメリカ大統領選挙を揺るがすスキャンダルに。さまざまな矛盾をかかえて突き進む世界に「分人(デイヴイジユアル)」という概念を提唱し、人間の真の希望を問う感動長編。Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。(講談社文庫)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
あさひ@WAKABA NO MIDORI TO...
153
夜明け(DAWN)という名の宇宙船に乗り、壮大な物語から帰還したかのような満ち足りた読後感。芥川賞作家らしい文学的な匂いを纏い、多層的で生き生きとした文章表現に、終始気を抜けず没頭してしまいました。宇宙から見た地球の何に似たものもない完璧な青を映した球体と、その時間と大きさの中で、それぞれに身勝手に経営する小さな人間の滑稽さ…2036年というちょっと先の未来が舞台となりますが、あってもおかしくない社会のありかたを見つめる平野さんの鋭い嗅覚とオトナ感覚の作風に、興味深くどっぷりと浸ることのできた作品です♪2022/01/09
かみぶくろ
104
多様性は現代を語る上で欠かせないキーワードだと思うが、筆者の提唱する分人主義の考え方に照らせば、それは人種や性別の話に留まらず、個人の中に存在する多様な分人たちも全て肯定するという懐の深い話になってくる。本書はそうした分人主義の考え方を丁寧に様々な観点から深めていく物語であると同時に、世界情勢や保守・リベラルの対立軸、宇宙開発、戦争と貧困、そして個人の喪失感など、多層的なテーマを盛り込んだ、極めて厚みのある作品となっている。控えめに言っても、平野啓一郎マジ天才と思う。2020/03/14
マーム
78
初の平野作品。人類初の火星着陸を成し遂げ、地球に帰還した宇宙飛行士たちに対する世間の態度が何故か冷たい。一体火星で何があったのかというのが縦糸。それに対し、東アフリカ戦争、米大統領選、テロ行為、万人が万人を監視する《散影》というシステム、分人主義、AR人間等々の細かい横糸が織り込まれて物語が出来上がっています。ともすればこれだけ様々な要素を盛り込むとストーリーが散漫になりかねないのですが、そこはさすが芥川賞作家の力量発揮と言ったところでしょうか。唯一の日本人宇宙飛行士・佐野明日人の葛藤に息苦しくなります。2012/06/10
崩紫サロメ
66
著者が他の作品の中でも提唱している「分人」概念に基づいて描かれた近未来SF。人は不可分なindivisualではなく、相手によって異なるdivisualを使い分けている、ということであるが、火星有人探索船「ドーン」を主な舞台として展開する。2年半にわたる宇宙空間での生活の中で、男女のクルーが起こした妊娠、堕胎という出来事。それが地球でのアメリカ大統領選挙などの大きな出来事と絡んでいく。個人的にメインの登場人物が共感しにくいタイプであったが、近未来のテクノロジーと分人概念が面白く、最後まで一気に読めた。2021/09/08
まさこ
49
分人がテーマなのだろうけど。「大きな時間の流れと小さな時間の流れとはいつもちぐはぐだから…」TPOによって言い方を使い分けるくらいのことだったのは昔、遠くまで来たのか…。SNS、画像編集、AI自動生成、監視カメラ、AR…次々と現れる技術がいつの間にか複合される近未来。幸福の行方を見えなくする技術への不安を小説の形でゴリゴリと可視化してくる。宇宙飛行、大統領選、監視社会、生物兵器、SF宇宙人…男目線なりに人物も巧み。安定のメアリー船長。自己投影できる候補か。恥と生。女同士のインタビュー場面の緻密さがこわい。2020/04/14