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内容説明
「東京銀座資生堂」の通称そのままに、銀座とともに名声を高め、規模を拡大していった資生堂。大正期にその礎を築き、写真家としても活躍した二代目がもっとも力を注いだのは、寂れつつあった街の復興とパーラー、ギャラリーの運営だった。日本女性を個性的にしたいと願った経営者は、相次ぐ有事をいかにして乗り切ったか。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
mitei
38
資生堂の創業期を取り上げた一冊信三氏の趣味がそこまで日本の美術史や、カメラ、芸術関係に影響を与え、銀座のブランド化にも寄与しているとは知らなかった。そこから今も続いている会社というのもすごいことだと思う。2012/06/04
いなお
2
学生時代に興味のあったトピックだったので(担当教員に「それはやめろ」と言われたので趣味の範囲でしかなかったが)読んでいてとても楽しく、懐かしい気持ちになった。2013/12/12
maqiso
1
資生堂の福原信三は明治の文化人を受け入れて銀座のイメージを作り、自社のブランドイメージも作り上げた。進んだ街が新橋から東側に移っていき、その過程で銀座の商店街が成立したの面白い。時系列が揃ってないので少し読みにくい。2019/05/17
take0
1
明治初めに洋風調剤薬局として銀座に開業した資生堂が、大正から昭和初期にかけて国内有数の化粧品メーカーとして躍進していく過程を追っている。パーラーやギャラリーの運営、当時においてスマートかつモダンなアドデザインなど、創業者の息子で写真家としても活躍した経営者・福原信三の主導によってブランドイメージが確立していったことが理解される。明治・大正・昭和初期の文化史や風俗史は読んでいて実に面白い。NHKの朝の連続テレビ小説の時代背景にこの時代が取り上げられることが多い気がするが、そう感じている人が多いからだろうか?2018/10/04
茶田
0
今の「銀座」ブランドの確立に資生堂がどのように動いたか、資生堂が単に化粧品メーカーとしてではなく、新たな価値観や流行を発信していったかなど、とても面白かった。特に前半部分の「銀座」ブランド確立は、今でも地域のブランディングのモデルとして通用すると思った。化粧品会社なのになぜレストラン経営?と常々謎だった資生堂パーラーの存在理由がわかってすっきりした。今度行ってみたい。2016/03/05