内容説明
日々の移ろいのなか、おぼろげに浮かんでくるのは、男と女、今は亡き人達の思い出、戦時下の風景──。時空を超越し、生と死のあわいに浮かぶ、世相の実相。 現代文学の到達点、古井由吉の世界。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
かんやん
24
もう自分には古井氏の文学は無理かなと思っても、それでも読んでしまう。最初に落語の枕のように身辺雑記があり、そこから、ほとんど名もなく、単に男とか女とか、父とか息子とか、そういう三人称の短編になる。男と女が出会い、暮らしを共にする、その歳月。歳月が積み重なれば、人は老いる。身内に不幸もある。読みながら、しばし放心する。亡くなった知人や昔の友人を思い出しているようなのだ。繰り返される天気の移ろいや木の葉のそよぎ、人の気配があまりに濃密で喚起的なのだ。じんわりと染みてくる。わからぬところはわからぬが。2018/04/22
zumi
11
まさにこの時期、これを読めばいいと思います。気怠さも暑さも吹き飛びません。むしろ何もしたくなくなります。ただ純粋に、降りそそぐ言葉を味わうような作品。2014/06/14
くさてる
9
短編集。圧倒されて声も出ない。それは暴力的にねじ伏せられるような圧倒ではなく、ただ、そこにある言葉のたたずまいに読み手である自分が勝手に動けなくなってしまったのだ。現実も夢ともつかぬ、いまかむかしかも区別が出来ない時の流れのなかで、男と女がいつまでも肌を合わせて言葉を揺らしている。参ったなあ、本当にすごい。もっと年齢を経て再読したなら、また違う感覚で受け止めることも出来るだろう。ただ、もう、わたしはこの言葉の力を信じる。信じるとしか言えない。2014/03/05
hirayama46
4
2011年刊行の短編集。病後ということもあり私小説的な作品も多いですが、それ一色というわけではなく、ちょっと粘ついたところの残る恋愛小説も収録されています。文章の研ぎ澄まされっぷりは相変わらず圧倒的なんですが、やはり読書体力は相当に必要ですね。250ページくらいですが、重量級。2022/05/05
レイコ
3
「陽がさらに沈むにつれて、夕映えが枝を伝ってのぼり、見る間に薄れて、梢に届く前に紛れた。」声に出して読みたい日本語。徹底的に磨かれた繊細な言葉が静かに静かに押し寄せる。決して激流ではないのに よほど足を踏ん張らないと容易くもって行かれる。高温多湿なのに品格漂う男女の話、淡々とした描写の中、鋭い刃が突き刺さる戦時中の話、そして作者の真骨頂、淡い記憶と夢と現実の 境界の曖昧な心象風景の話。実体や現象の描写はなく、読者の感受性を試すような、そんなホラーのあり方が心に深く沁み入る。2022/07/13