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内容説明
1959年3月17日に同時創刊された、週刊少年漫画の草分けの両誌。部数や漫画家の確保などをめぐって闘いを繰り広げた時代を、元編集者の証言などから浮き彫りにする。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ホークス
45
サンデーとマガジンの1959年創刊から十年間の攻防史。知らない話が多く面白かった。手塚治虫ら有力漫画家の争奪戦あり、新人発掘競争あり。水木しげるたち劇画家のメジャー化、白土三平や梶原一騎との鋭い応酬などにワクワクした。TVや映画と組んだ怪獣ブームの舞台裏、スポーツ界やSF作家との関係も興味深い。他方漫画に対する文学界やPTAのバッシング、蔑すみも酷かった。時代的なものもあるが、「空気」を正義にしてしまう日本人の危うさが現れてもいる。総合誌志向の両誌が漫画専門のジャンプに敗れる顛末も分かりやすく書かれている2018/11/03
thee birdmen
42
舞台は漫画がまだ悪魔の書と蔑まれていた昭和30年代。マガジンとサンデーが機を同じくして登場し、以来激しい販売部数競走を演じる数十年が克明に記録された本です。青少年の健全育成を旨として終始一貫した姿勢の小学館、なりふり構わずがむしゃらな試行錯誤の中から突破口を見つけていく講談社。漫画家はもちろんのことながら、この2社の編集者の情熱が日本の漫画文化を発展させてきたとがよくわかりました。2019/08/23
かさお
32
昭和の高度成長期(1958〜1973)日本初の週刊誌サンデーとマガジンの闘争の歴史。マンガ好きなら読めば熱くなる。発行当時マンガは、悪書、あるいは子供のオモチャ、とされ市民権が無かった。その為、表紙にはスポーツ選手を、巻頭は科学や生物やニュースにして親や教育委員会をスルーさせ、マンガは3本か4本しか掲載できなかった。両編集部は工夫に工夫を重ね、試行錯誤を繰り返し、切磋琢磨し、今の日本のマンガ文化の位礎を築いたと云う。マンガなんて、から、マンガはすごい、と変わりゆく様は、朝ドラでやってほしい面白さ。→ 2021/03/13
しろ
14
☆7 たった50年前のことなんだけど、漫画に関しての社会認識がこんなにも現代と違うとは思わなかった。この時代の編集者や作家たちの壮絶な戦いのおかげで、今こんなにもいい漫画があふれているということに、感謝する。それにしてもサンデー対マガジンの人気競争や作家の奪い合いなどが熾烈でびっくりした。お互いの編集者が「どうしたらよくなるのか」を徹底的に考え、時には大胆かつ前衛的な手段を使ったりと彼らの仕事に対する真摯な魂が見れた。新たな一歩を見事に踏み出してきた両雑誌に敬意を表したい。2010/10/13
はる
12
図書館本。「昭和」と「少年」つながりで。そういえば、そのころのマンガ雑誌には、マンガ以外に読むところがたくさんあったなぁと思いながら。怪奇・恐怖・宇宙・大図解…。表紙の不思議な絵として、ずっと心に残っていたものが、エッシャーの絵だと知った驚き。(婚姻の絆)アシモフのロボット三原則、横尾忠則、長岡秀星…などなど。年齢の離れた従兄がいたこと、そして雑誌でも長めに保管されたことが良かったのだろう。そうか、ジャンプは「マンガだけ雑誌」だったのか!少女雑誌の歴史も知りたくなってきた。2014/04/16