内容説明
浮気に腹を立てて実家に帰ってしまった女房を連れ戻そうと思いながら、また別の女に走ってしまう小間物屋。大酒飲みの父親の借金を、身売りして返済しようとする十歳の娘。女房としっくりいかず、はかない望みを抱いて二十年ぶりに元の恋人に会うが、幻滅だけを感じてしまう油屋。一見平穏に暮らす人々の心に、起こっては消える小さな波紋、微妙な気持の揺れをしみじみ描く連作長編。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ミカママ
203
登場人物の多さに四苦八苦しましたが、点と点が繋がっていく小気味よさに次第に魅せられて。江戸市井の片隅に暮らす、人々の気持ちのさざ波が、繊細に描かれています。自らを女郎屋に売って、父親の借金を返済した10歳のおきちの「その後」に安堵し、初恋の女子に再会を果たしたはいいが、幻滅させられた政右衛門に「あるある」と同情し。まさに万平(著者を投影?)いわく「男女の仲ほど、不可思議なものはなし」この時代の男女の、おおらかだったこと。私が時代モノに惹かれる理由は、その辺もあるんでしょうね。2016/02/28
yoshida
150
本所しぐれ町の裏店と表店で生きる市井の人々の日常を描く連作短編集。描かれる人情の機微。短編を読み進める内に救いがあれば、自業自得の結果になるものもあり楽しめます。「約束」で卒中で亡くなった父の借金を肩代わりする10歳のおきち。苦界に沈むかと思われたが最後の章で救いがある。「春の雲」での一膳めし屋亀屋のおつぎを慕い、女たらしの佐之助から救う千吉の純情と成長。「乳房」での女衒の与次郎から妻のおさよを守る信助の意地。種物屋の吉助と亀屋のおまつのまさかの縁。どの作品も終わりに救いがある。読後感暖かな珠玉の町人物。2017/08/19
ぶち
100
[海坂藩城下町第7回読書の集い「冬」] 本所しぐれ町という架空の町を舞台に、そこに暮らす市井の人々を描いています。しぐれ町に暮らす様々な人の小さな波紋が、読む人の心にもさざ波を起こしていくような作品です。強くなく弱い人間、孤独な人間、だらしない人間に読者もシンパシーを感じてしまうのです。特に、酒飲みの父親の残した借金を、"親の借金は子の借金"と自らを身売りすることで返済する僅か10歳の娘の姿が忘れられません。後半、彼女のその後が知れ、少しほっとしました。出来る事ならその後も見守っていきたいのです。2022/01/06
goro@80.7
79
これは藤沢作品の中でもちょっと趣が違う作品。市井の人々を描くところは同じでも、町が主人公。様々な人々が暮らすしぐれ町の表店に裏店を切り取った斬新な物語。だから起承転結に拘わっていない実験的な感じだ。だからと言って藤沢の味がないかと言えばそうじゃない。どうしようもない男と女。ふらふらしちゃうのが玉に瑕。そんな事だってあるんじゃないのと突き放すばかりじゃなくて救ってあげるところがGOD藤沢だわね~。でも初めて藤沢を読む人にはあまり勧めないぁ。ある程度藤沢作品を読んだらお薦めの物語だ。2018/01/25
たいぱぱ
76
初・藤沢周平。架空の本所しぐれ町の市井の人々を描く連作短編集。最初は「えっ・・・これで終わりなの!?」なんて感じで、ふ~んこんなものか・・・と思ってました。短編を重ねて、登場人物たちが絡まり出したと思ったら、もうすっかり本所しぐれ町の住人に。現在の僕らにも通ずる心模様(中にはこの気持ちわかる!というのもあった)を存分に楽しませてもらいました。2020/02/09