内容説明
敗戦から昭和三十年代にかけて、急速な経済成長の中で失われた様ざまな習慣、やさしく奥深い言葉の数々、変わりゆく家族のかたち、東京の町並……それらをいとおしみ、表現し、そして体現し続けた向田邦子。様変わりした現代において、今なお高い人気を誇る作品群をひもとき、早世の天才作家が大切に守り続けたものとは何かをつづる。
目次
序章 昭和の女学生
第1章 父母のいませし頃の懐かしい言葉
第2章 家族の記憶と食
第3章 「向田家の父」と「昭和の父」
第4章 お嬢さん、実社会へ
第5章 家族のなかの秘密と嘘
最終章 向田邦子と東京の町
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
おさむ
41
向田邦子がドラマやエッセイで描いたのは、戦前の昭和の家族の風景。とりわけ山の手の中流階級の暮らし。1970年代から80年代にかけて失われてしまっただけに、向田作品は読者にとっては記憶を呼び起こす格好の材料になる。男はつらいよシリーズが描いたのは失われゆく地方の風景でした。鉄道やバス、日本旅館‥。地方と東京。舞台は違えど、今なお絶大な人気を誇る向田作品と寅さん。その理由の一端を垣間見たような気がします。2017/10/09
kinupon
34
向田作品をもう一度読み返そうと思っています。特に今は使われなくなた日本語を探してみようと思います。2015/07/11
あきあかね
27
テレビドラマなどで使われる食べ物は、一回きりで無くなってしまうので「消え物」と呼ばれる。しかし、向田邦子のエッセイや小説では、食べ物が家族の記憶や人物の微妙な心情、時に人生そのものを表す。消えて無くなる儚い小道具ではなく、食べ物こそが主役と言っても過言ではないだろう。 東京大空襲の翌朝、死を覚悟した父親の提案で、取っておきの白米を釜いっぱいに炊き上げ、埋めてあったさつまいもで精進揚をこしらえた記憶。愛する家族を守ることのできない父親としての口惜しさ、無念さ。向田邦子は「みじめで滑稽な最後の昼餐」と⇒2020/01/12
kinkin
23
向田作品を読む上での副読本のようなものかもしれない。ただ本だけで向田作品の昭和を感じるのは大変だ。そのころの風俗や世相、言葉使いなども調べたほうがイイと感じた。2013/04/09
ぐうぐう
16
向田邦子にとって昭和とは、ただのノスタルジーではない。「泣いた」を「ベソをかいた」と書き、「シャボン」や「ご不浄」という言葉を好んで使った彼女は、ドラマの中にも昭和の象徴とでも言うべき、家族団欒としての食事風景を必ず登場させた。それは、懐かしさからではなく、生き急ぎ、変わりゆく時代の中で、失われつつある時代のものを使い、現在にブレーキを掛けているのだ。川本は言う。「無論、言葉は生き物だから、その時代ならではの新しい言葉も必要だし、また、現代のように変化の激しい時代には、(つづく)2011/09/15




