内容説明
妻の小さな過去の秘密を執拗に問い質す夫と、夫の影の如き存在になってしまった自分を心許なく思う妻。結婚3年目の若い夫婦の心理の翳りを瑞々しく鮮烈に描いた「愛撫」。幼い子供達との牧歌的な生活のディテールを繊細な手付きで切り取りつつ、人生の光陰を一幅の絵に定着させた「静物」。実質的な文壇へのデビュー作「愛撫」から、出世作「静物」まで、庄野文学の静かなる成熟の道程を明かす秀作7篇。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
45
表題の二作他全七作あるが、「静物」が抜きん出ていい。主人公の男と子供の会話から始まり、妻もそれに加わっている。間に挟まれる昔の回想は、妻にはただならぬことがあったことを示唆している。しかし、それが何かは明かされないし、妻との関係性も明かされない。ただ、主人公が過去の何かをきっかけに夫としての自分の責任を深く感じているのがわかる。責任から一緒にいるのだが、愛はどこにあるのかがわからない。静物とはどういう意味だろうか、静かに生きることを決めた男のことだろうか。2014/01/13
ソングライン
14
新妻の女学高時代友人との性的な体験を執拗に訪ねる作家の夫、女性の性への目覚めを巧みに描く「愛撫」、年上の女学生に幼い憧れと自尊心の目覚めが懐かしい「恋文」など作家の対象が家族への愛とは異なる短篇が並び、最後に「静物」ではまだ幼い3人の子供の無垢な日常が語られます。作者の初期短編集です。2025/04/25
kikuchista
7
上司から勧められて読んだ。人間を描写することにこだわった作品集だと思う。2016/05/04
sashawakakasu
6
おもしろい。戦後という空気が肌身にすうっと迫ってきていい。特に、十月の葉、机、静物が好きだ。多くを語らない断絶した感じ、読みやすい文章でぐぐっと小説世界に入っていき、よくわからなくなっていくけど、惹きつけられた。庄野潤三の他の作品も読みたい!2020/07/26
mizzan72
5
初期作品集だそうだ。技巧的にみるみる成熟していく過程を味わうことができる。28歳の時の「愛撫」では既に、後の作品に通ずる鋭い人間洞察力が見えるが、淋しい気持ちを「淋しい」という言葉を用いて表してしまっているところに、未熟さを感じてしまう。変わって39歳の「静物」を読んでみると、作中ネガティヴな単語がほとんど出てこないのにも関わらず、永遠に続くかのような、不吉さ不安さが物語を支配している。明るい言葉だけで作られているのにずっと淋しげな「ブルーライトヨコハマ」を思い浮かべながら読んだ。2017/06/26