内容説明
私はこの世で智恵子にめぐりあったため、彼女の純愛によって清浄にされ、以前の頽廃生活から救い出されることが出来た――。この人の他に心を託すべき女性はいない。そう思い定めた高村光太郎と智恵子の愛、生活苦、そして芸術活動と闘病。24年間の結婚生活の果て、智恵子の死に打撃を受け、激しい空虚感に見舞われた光太郎。自然とベートーベンとセザンヌを愛した一人の女性の苛烈な運命を余すところなく描いた名詩集、決定版!
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
しいたけ
100
連翹忌。北海道に住んでいた頃、連翹は春の喜びそのものだった。高村光太郎も愛でていたという。問いかけるように、確かめるように、消えゆくものを儚むようにリフレインする光太郎の詩。波が底をさらうように、膿んだ傷を浄めるように、ひたひたと胸に打ち寄せる。若い日に読んだ智恵子抄は、上っ面の純愛であったと気付く。光太郎が「純愛」と言い切るその「純」が、深い闇の結晶でもあることを知る歳になった。それでも、春が来れば連翹の鮮やかな黄色に心は和む。苦しみに終わりがあることの理を光太郎の忌日に思う。2021/04/02
真香@ゆるゆるペース
37
実家本。これでもかというほど、智恵子さんへの愛が詰まった詩集。美しくて、切なくて、そして純粋。精神分裂病になってしまったのは気の毒だったけれど、こんなにもパートナーから愚直なまでの愛を受けた智恵子さんのことが、同じ女として正直羨ましくなってしまったわ… 作品としては定番中の定番だけど、学生の頃に読んでもおそらく理解出来なかっただろうから、今この年齢で読んだのは正解だったかも。2019/01/03
kaoriction@感想は気まぐれに
28
今年は遅くなってしまった。読メを始めて以来数年、偶然にも 10月5日の命日に智恵子の本を読んでいたことが続いたから始めた「ひとり智恵子忌」をしている。なんてことはない、10月5日前後に智恵子関連の本を読むだけ。今年は基本に立ち返り、本作を選ぶ。冒頭の『人に』も、いま読むとかなり惹きつけられる詩なのだが、『夜の二人』からラストまでの詩の数々が胸に迫る。一枚一枚の絵のように 光太郎と智恵子の、詩というキャンバスに描かれた姿と愛が浮かんできた。一年に一度、智恵子に触れて、愛について考える日だ。来年は何を読もう。2014/10/16
かいちゃん
22
よくわからない詩もいくつかあったけど、智恵子さんのことが大好きなことは伝わってきた。2024/01/25
kaoriction@感想は気まぐれに
18
【再読】晴れた日ももちろんだけれど、雨の日の方がより一層、詩集が似合う。気がする。何度も読んでいるので自然と「レモン哀歌」のページがパランと開かれる。レモン哀歌 は年齢と共に、読むたびに、浸透してゆく。何度読んでも、その言葉が、涙腺が、刺激され鼻の奥がツンとなる。 今日は雨だったけれど、同じ季節の頃、五月晴れの日をうたった「風にのる智恵子」に緩やかに心を持って行かれた。人間であることをやめた智恵子は、何を 誰を、何が 誰が、見えて いたんだろう。狂つた智恵子が、だけど、愛しい。光太郎にとっても きっと。2021/05/27