『愚管抄』の“ウソ”と“マコト”―歴史語りの自己言及性を超え出て

電子版価格
¥4,928
  • 電子版あり

『愚管抄』の“ウソ”と“マコト”―歴史語りの自己言及性を超え出て

  • ただいまウェブストアではご注文を受け付けておりません。
  • サイズ A5判/ページ数 371p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784916087690
  • NDC分類 210.3
  • Cコード C1095

内容説明

『愚管抄』はどのように「虚」を構えることによって、現実の歴史を超え出て、あるべき未来の歴史のビジョンを打ち出すことができたのか。多分に「虚構」をまじえた、その「主体」のあり方と「叙述」のメカニズムを解明する。

目次

プロローグ 『愚管抄』論に向けての二つの助走(作為篇 偽書の青春―九条家に見る草創期の「家」の文化戦略;自然篇 狐がくれた「鎌」の話―藤原摂関家の女たちによる鎌足神話の創出)
第1部 その二つの形式をめぐって(時間論 天下を淳素に反すべし!―『愚管抄』に見る転換期のロマンティーク;言説論 歴史の外部に立つこと―『愚管抄』における「一人称」表現の可能性)
第2部 その三つの主題をめぐって(文武兼行論 ハカラヒの政治学―変転する「道理」と兵学リアリズム;女人入眼論 女は世界を救えるか―『愚管抄』に見る慈円の「女性嫌悪」;二神約諾論 「未来騙り」のテキスト―『愚管抄』のウソとマコト)
第3部 同時代テキストとの比較二題(法然論 「おわり」と「はじまり」の意識―『愚管抄』に見る“とき”の相克;長明論 「安元の大火」に見る隠れた争点―「意味付け」の拒否、もしくはその多様化へ向けて)
エピローグ 表題の意図をめぐって(自己言及論 歴史を「書く」とはどういうことか―歴史叙述の“ウソ”と“マコト”)

著者等紹介

深沢徹[フカザワトオル]
1953年、神奈川県相模原市生まれ。立教大学大学院修士課程修了(文学修士)。桃山学院大学社会学部教授。平安・院政期文学専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

最近チェックした商品