内容説明
ドキュメンタリー映画は、はたして「現実」や「事実」を写しているのだろうか。歴史・ジャンル・現在の展開をとおして、その多様な相貌を描きだす。
目次
総論(方法としてのドキュメンタリー―現実に向かうカメラをめぐって)
1 時代を写したカメラ(台頭期のドキュメンタリー映画と記録映画;アマチュア映画のアヴァンギャルド;誰がいかに語るのか―帝国の自民族中心主義;科学映画の興隆と迷走―文化映画論序説)
2 凝視する視線と見られた世界(スポンサード映画の光と影;一九五〇年代の岩波映画製作所―戦後記録映画の転回点;アート・ドキュメンタリーの美学)
3 多様な現実・多様な試み(テレビ・ドキュメンタリーの新しい相貌―「虚構」と「現実」のあいだで;ビデオ・ジャーナリズムの現在;ビデオ・アクティビズムの闘い;山形国際ドキュメンタリー映画祭とアジア)
著者等紹介
村山匡一郎[ムラヤマキョウイチロウ]
映画評論家。専攻は映画批評・映画史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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i-miya
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今村大平(1911-86)岩本憲児、早稲田大学名誉教授、大島渚「極北の驚異ナヌーク」「セイロンの歌」「沖縄」1936「海の民」1941、古典的エストグラフィック映画、柳宗悦監修「琉球の民芸」1940、村田達二監督「フィルム純国産富士」イーストマン、推定姉妹、全体としては日本を突出させず沖縄の異国情緒とのバランスを保っている、アーノルト・ファンク 山岳映画、レニ・リーフェンシュタイン ナナ映画、スーザン・ソンダク『民族の祭典』、源為朝伝説、日琉同祖論、伊波普しゅう、海洋移民の父「当山久三」貯金しながら夫の帰2007/01/09