目次
第1章 日本人の妙なる感性
第2章 他と比べて自己確認している
第3章 我と物と一如になって在る
第4章 帰雲老師に訊く
第5章 大いなるかな心や
著者等紹介
形山睡峰[カタヤマスイホウ]
昭和24年、岡山県柵原町(現美咲町)生れ。大学修了後、東京中野の高歩院住職・大森曹玄老師の下で出家得度。曹玄老師に嗣法の後、各所にて禅会を開催。昭和63年、茨城県出島村(現かすみがうら市)に菩提禅堂が建立され、堂主に就任。平成19年同市宍倉に無相庵を開創、今日に至る(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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神太郎
22
ぼやっとした理解で終わってしまったが、あちらでもなくこちらでもなく非二元の境地。もともと子供時分にはあったであろうとらわれていない心、自由な感覚。それに今一度、気づき立ち返るとまではいかずともその感覚を持つことが大事なのやもしれない。世の中必ずしも白黒で分けることはできない。頭ではわかっていても周囲に流されたりしてつい2つに分けてしまう。世界と私も元は一つ。これは東洋思想にもある大宇宙(自然)と小宇宙(人間の生命活動)、天人合一思想とか理解でいいのかな?とか思いながらぼやっと読了。2023/11/16
ユーユーテイン
8
「非ずのこころ」とは何か。定義しきれない自由なこころのことかと思う。何物であれ、言葉で定義した途端に別のものになってしまうのだから、「こころ」はあると感じているしかない。本書には禅の境地が解説されている。理解が追いつかない部分も多かったが、著者が「心は自由だ」と言っていることに解放感を味わった。辛いことがあって泣いても、楽しいことがあれば笑うというのが心の自然なのだ。打ちひしがれても大泣きすれば心は復活するのだと思うと、気が軽くなる。物と心が一つになった状態が一如、その状態に浸るのが三昧、なのかな。2025/03/15




