内容説明
唯一の戦争被爆国であり“平和”な国・日本の現在地。「ぼくのおじいちゃんは戦争で兵隊になって南方に行きました。」祖父が亡くなったとき、祖父の戦争体験を綴った作文のことが話題に上がった。祖父はそれを終生大事にしていたようで、親族からは「よくぞ書き残してくれた」と称賛されるのだが、書いた慶輔には落ち着かない背景があった。一方、苑子は祖母の体験をまとめ、平和への祈念で締めた作文は先生たちから高く評価されたのだが、同級生の慶輔に「ウソなろうが」と糾弾された。時は移り二〇二四年。前年秋にイスラエルのガザ侵攻が起こり、苑子は元夫の妹のSNSと同僚の活動からパレスチナ問題に興味を持っていくのだが…。
著者等紹介
小山田浩子[オヤマダヒロコ]
1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2013年、同作を収録した単行本『工場』が三島由紀夫賞候補となる。同書で織田作之助賞受賞。2014年「穴」で第一五〇回芥川龍之介賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ケンイチミズバ
59
サラリーマン世界にも作文はある。結末報告書や顛末書など本当のことをそのまま書けない場合、どうにかするしかなくひねりだしたものを作文という。失敗したとそのまま書けないから一定の成果を得たことからこれを一区切りとし撤退の判断に至りました。大本営発表も末期においては作文の嵐だ。友達の親戚の話を祖父の戦争体験談としてしまう男の子、少しの話に枝葉をふくらませ感動の物語にした、もはや嘘が口からスラスラ出てくる創作上手な女の子は作者自身なのか、二人ともそれこそ子供らしさなのだけど。本当の戦争を作文にすることは無理だよ。2025/08/12
olive
34
家族に戦争体験を聞きまとめる宿題を夏休みに課された、1983年生まれ男女二人。それぞれの戦争体験を聞き作文を発表。その二人が大人になり、女はパレスチナ問題を知ってしまったから活動する。男は他人の体験を作文に書いたので、家にあるはずのない重要なものが出てきたのにも拘わらず無関心。わたしのほうが、どいうこと?もとからあったの?知りたくなるのに、内面が書かれていないので想像するしかない。そう、想像するしかない。もはや、戦争体験者が減った今、小説やらノンフクションやら映像を見て想像することの意味を問う作品だった。2025/08/13
ゆみのすけ
23
「家族から戦争の話を聞いて作文を書こう」という夏休みの宿題。夏休み後、作文がよく書けているからと発表させられた慶輔と苑子。確かによく書けた作文で聞いた人々の心を打つものだった。でも、それは人々にわかりやすいよう、受け入れやすいよう、他人のエピソードをプラスしたり、脚色したりしたものだった。そして、イスラエルのガザ侵攻。流れて行くニュースは人々の心に留まらない。多くの人が過去を忘れず、今も続く悲惨な出来事に目を向け、関心を持ち続けるにはどうするべきか。読み終わっても、考えさせられる。2025/08/03
ゆり
3
学校で書いた戦争についての作文と、それに伴う祖父との思い出がよかった。「広島育ちの著者がいま戦争を描く」というだけに、当時の広島の描写の濃さを期待しただけに、半分くらいからパレスチナの問題の話に移ったり、どちらかというとパレスチナ問題色が強いと思った。芥川賞作家らしい文体なのと、言いたいことが伝わりにくい展開があまりあわなかったです。2025/08/06
もずくもどき
2
1994年夏と2024年秋の二つの時間を軸に、戦争経験者への取材を元にした作文を巡ってふたりの男女の語りと追憶が交錯する。舞台は広島、物語後半はガザでの虐殺が主軸に。錆びた飯ごう、子供の描いたスイカの絵。小山田作品らしいモチーフの反復と共に、平和のために自分たちができることは何かを葛藤する市井の人々の姿が生々しく浮かび上がる。ファンタグレープの中のアメリカ、塗りつぶされるチラシの文、義妹のSNS。希望とも絶望ともつかぬ生ぬるい日常だけが我々の日々を覆い、異国の地の悲劇は断片的な情報としてのみ伝わってくる。2025/07/29