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渡邊 大門[ワタナベ ダイモン]
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
パトラッシュ
135
関ヶ原合戦から大坂夏の陣までの江戸幕府草創期の歴史は広く知られているが、どんな政治的思惑で政策が実行されたのか不明点が多い。関ヶ原後の領知配分で家康が宛行状を発給できず、家康と淀殿は協調を考えていたが秀忠と秀頼は相手の打倒を望み、一国一城令は一部大名に試験的に出されたとは従来の思い込みを排する視点だ。公家諸法度は幕府と公家が協議を重ねて作られ、駿府の大御所政治は伊勢湾から瀬戸内の海洋支配のためだとは想像するのも難しい。家康が先の先まで見通して手を打つ姿は恐ろしいほどで、天下人にふさわしい政治的天才ぶりだ。2024/11/27
akiakki
10
江戸幕府創成期における政策や問題というニッチ×ニッチなテーマを取り扱っています。当時の課題や権力の強さが見えてくるので政権の黎明期や末期を分析するには良い切り口なのかもしれない。例えば一国一城令は全国の大名に対して一斉に施行されたものではなく、特定の大名向けに限定的にお試しで施行されたのではという分析から、武家諸法度を制定する前は幕府権力が行き届いていないことが伺えます。2023/11/06
Kolon
3
歴史の解明は日々アップデートしているが、家康と秀頼が権力闘争をしていた時代は、学者の見方で解釈が様々だ。 学者の皆さんには、木を見て森を見ずの習いを肝に銘じ、歴史の全体的な結果を踏まえて個々の事象が外れ値なのか、主流的な事象であるかを整理して解釈して頂きたく存じます。2024/12/25
お抹茶
2
関ケ原合戦から大坂夏の陣を中心に家康が天下を取る過程を一般読者が読みやすい内容で記す。特に,「関ケ原合戦で豊臣家は完全に没落した」,「朝廷は武家の傀儡だった」というイメージに対して,なるべく史料や専門用語を使わずに,実態は違っていたことを説明する。例えば,関ヶ原合戦後に秀頼は大幅な減封措置を受けたが,東西両軍は互いに豊臣公儀を奉じた戦いだから秀頼に責めはなく,豊臣政権の威光は諸大名に影響があったことから,秀頼の地位はしばらく安定していた。家光による鎖国の前,家康は外交やキリスト教にどう対処したかにも言及。2023/11/06
Ryuji Saito
0
2023年19冊目。2023/02/10