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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ころこ
51
新聞が売れない。ネットに依存すると朝刊夕刊のときに限らなくなる記事の出稿量は増加する。ちゃんとした記事には取材や調査に時間と手間が掛かる。ご当地ネタ「ちょっとイイ話」はこのようにして誕生する。タイトルの「エモさ」は早くも廃れてしまっているので、現在の言葉でいうと「お気持ち表明」。この記事が増えることの背景に報道機関のインフラの弱体化があり、読者の時間を浪費するという意味で問題がある。本書は記事の内容ではなく、その様な記事を書かなければならない状況の報道各社の経営状況に論点がある。新聞は10年で部数4割減、2025/08/13
bluemint
10
著者の新聞の構成についての危機感はよくわかる。ナラティブな記事が多くなり、限られた紙面の中では必然的にまともな報道記事が少なくなる。それが新聞社は理解できない。新聞社が、特に朝日新聞がどうなろうと個人的にはどうでもよいが、新聞社がなくなるのは困る。ネットニュースがあればそれで良い?そのニュースを取材してくるのは誰だ?既存メディアの記者たちだよ。ヤフーの社員が取材してくるのではない。転載するだけだ。公費を新聞社につぎ込めとは言えないが、ネットニュースに課金してそれで取材会社から購入するしかないのではないか。2026/10/13
Mozuku
10
西田亮介氏と朝日新聞の「エモい記事」論争を軸に、新聞は何のためにあるのか、報道の足腰をどう残すのかを考える一冊。本人の発信を追っていれば既知の話も多く、論争の経緯が対談ごとに重複する箇所もある。ただ、その重複も含めて2020年代の新聞不信、地方撤退、取材力低下への危機感を一冊に封じ込めた記録として意味がある。主張への賛否以上に、将来メディアの姿が大きく変わったとき、「あの頃は何が問題だと考えられていたのか」を振り返るためのマイルストーンとして価値が残りそうだ。 2026/08/22
jackbdc
10
リベラル知識人による朝日新聞批判は新鮮。以前私も実家で夕刊紙一面を見て物理的・内容的な薄さに驚いた記憶がある。エモ記事という個人ブログみたいな記事の多寡は購読していないから分からないけれど、新聞記事の価値が凋落するのは残念だが一新聞社の興亡は止めようがない。一方で報道には社会的意義があると思うし構造上報道機能を政府運営に適さない以上は民営での報道機能維持は模索しないといけないだろう。報道=朝日新聞記事では勿論無いが中心に位置付けられていたのは確か。こうした特異な現象は過渡期を象徴する出来事なんだと感じた。2026/01/26
hakootoko
10
取材するためのリソースが減ってるし、離れていっている読者を引き止めるために新聞紙面が馬鹿になっているとのことです。著者はいろいろな提案をしているが、その前提となる手厳しい現状分析からすると、焼け石に水で、なんかこう、もう終わってるやんという気持ちに…。2025/12/17




