出版社内容情報
太平洋戦争中、日本占領下のフィリピンで一人の少女が経験した3年余。恐怖と憎しみの中でも、日本人兵士との人間らしい交流があっ…1941年、戦争が始まった。
太平洋戦争の中、日本占領下のフィリピンで、地方都市に暮らす、一人の少女が経験した3年余。恐怖と憎しみの中でも、日本人兵士との人間らしい交流があった。
当時の日記からよみがえる戦争の実相。もう一つの「この世界の片隅に」。
はじめに
本書によせて リカルド・トロタ・ホセ
第1章 フィリピンに戦争がやってきた 1941年
第2章 占領と混乱の時代に適応する 1942年
第3章 パナイ島を離れ、首都マニラへ 1943年
第4章 ビガアでの忘れらられない思い出 1944年
第5章 戦争が終わり、新生活に踏み出す 1945年
略年譜
解説 日本占領下の「日常」と「非日常」永井均
訳者あとがき
ヘレン・N・メンドーサ[ヘレン エヌ メンドーサ]
著・文・その他
澤田 公伸[サワダ マサノブ]
翻訳
永井 均[ナガイ ヒトシ]
解説
内容説明
1941年、戦争が始まった。太平洋戦争の中、日本占領下のフィリピンで、地方都市に暮らす、一人の少女が経験した3年余。恐怖と憎しみの中でも、日本人兵士との人間らしい交流があった…。当時の日記からよみがえる、戦争の実相。
目次
第1章 フィリピンに戦争がやってきた―一九四一年
第2章 占領と混乱の時代に適応する―一九四二年
第3章 パナイ島を離れ、首都マニラへ―一九四三年
第4章 ビガアでの忘れられない出来事―一九四四年
第5章 戦争が終わり、新生活に踏み出す―一九四五年
著者等紹介
メンドーサ,ヘレン・N.[メンドーサ,ヘレンN.] [Mendoza,Helen N.]
1925年、サンボアンガ市生まれ。税関に務める父親の転勤で1941年4月にイロイロ市に転居し、イロイロ国立高校に編入。同年12月に太平洋戦争が勃発してまもなく学校が閉鎖される。終戦後にマニラ市のファー・イースタン大学の高校課程に編入、卒業し、そのまま大学課程に進学する。同大学を卒業後はアメリカに留学して英米文学を学ぶ。1952年にスタンフォード大学から修士号、66年にミネソタ大学から博士号を取得した。1953年からフィリピン大学(UP)の英文学・比較文学科で教鞭をとり始め、後に学科長を務めた。大学を退職してからは、環境保護活動家として非政府組織(NGO)にも関与し、環境NGO全国ネットワーク組織「フィリピン気候変動ネットワーク」の議長も務めた
澤田公伸[サワダマサノブ]
1962年、大阪府生まれ。1989年に大阪外国語大学(現大阪大学)外国語学部フィリピン語専攻コースを卒業後、同大学大学院(南アジア・オセアニア地域研究専攻)に進学し、93年に修士号を取得。この間、1991年から92年まで国費留学生としてフィリピン大学(UP)大学院の修士課程に1年間留学。1996年よりマニラ首都圏マカティ市にある邦字紙、「まにら新聞」で記者として働き始める。2000年からは同新聞の嘱託記者となる一方、タガログ語講座の講師やフリーランスで通訳・翻訳業務にも従事する
永井均[ナガイヒトシ]
1965年、米国カリフォルニア州生まれ。立教大学大学院文学研究科博士課程後期課程満期退学。博士(文学)。広島市立大学広島平和研究所教授。2016年6月から17年3月までフィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学アテネオ・アジア研究センター(ACAS)で客員研究員を務める。専攻は日本近現代史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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