内容説明
ふたりの巨星、背中合わせの芸術論待望の新版で復刊。
目次
序章 万博の風景から
第1章 岡本太郎―「絶対」の探求(父母のこと、そしてパリ;岡本太郎と花田清輝―アヴァンギャルドの闘士として)
第2章 横尾忠則―デザインの反モデニズム(横尾忠則の原風景;激動の六〇年代)
第3章 みいだされた日本(岡本太郎と日本列島―縄文・東北・アイヌ・沖縄、そして密教;横尾忠則と垣間みられた異界)
第4章 さらなる自由への旅(孤独と孤高―後期の岡本太郎;現在形の横尾忠則)
終章 いまなぜ、岡本太郎と横尾忠則か―二〇一一年
著者等紹介
倉林靖[クラバヤシヤスシ]
1960年群馬県生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業。1986年、美術出版社主催「芸術評論」募集で第一席入選し、以後評論活動を開始。美術評論家連盟会員。現在、東京造形大学・武蔵野美術大学・京都造形芸術大学・東海大学大学院・東海大学・東京工科大学・専門学校桑澤デザイン研究所で非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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yukari
2
巻末の横尾忠則の岡本太郎観が新鮮だった。太郎のコンプレックスは、母かの子からきているという。一方でそのコンプレックスがエネルギーとなり、社会と戦い続ける道を選ぶ太郎や作品が生まれたのだろうな。横尾忠則の作品は何となく気持ち悪いというか、怖い感じがしたけど、それこそ自分の中に何かが生まれているという、太郎のよくいうあれなのかな。横尾忠則と岡本太郎の共通点は「どう生きるか」「生とは、死とは何か」を考え続け、それが彼らの作品として表れているということだと思った。2017/06/22
Takashi Okawara
0
タイトルまんまの本。前半は岡本太郎と横尾忠則の評伝が時系列で交互に続く。その先、どこで二人がクロスオーバーするかとなると大阪万博という場を介して「太陽の塔」を造った岡本と「せんい館」を造った横尾の比較論に。その解釈については評価が分かれるところだろうが出色は末尾に掲げられている岡本を題材とした著者から横尾へのインタビュー。文庫版「今日の芸術」の前書きの他所行きな言い回しと読み比べると身も蓋もない横尾の岡本評が新鮮。特に岡本敏子の影響で岡本太郎を教祖的に見ている人に一読してもらえると新しい発見があると思う。2018/06/09
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