内容説明
貧しい黒人ゆえに、無実のまま死刑囚にされた男は、狂わんばかりの怒り、絶望、恐怖の果てに、囚人らしからぬ生き方をしはじめ、奇跡を手にする。
著者等紹介
ヒントン,アンソニー・レイ[ヒントン,アンソニーレイ] [Hinton,Anthony Ray]
黒人差別が残るアメリカ南部アラバマ州に生まれ育ち、1985年、29歳のときに逮捕、起訴される。身に覚えがなかったが、貧しいゆえに、まともな弁護士も雇えず死刑宣告。以後約30年間、死刑囚監房ですごす。最初の数年は憎しみと絶望のあまり誰とも口をきかなかったが、次第に独房でも自分らしく生きていくことを目指すようになる。その結果、他の死刑囚や職員の心までも変えていった。1999年、人権派のブライアン・スティーブンソンが弁護人に。その後も紆余曲折を経て、2015年4月、釈放。今なおアラバマ州に住み、刑務所改革を訴える講演を精力的におこなっている
栗木さつき[クリキサツキ]
翻訳家。慶應義塾大学経済学部卒(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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アキ
83
29歳から59歳までの30年間無実の罪で死刑囚監房にて過ごした。ただアラバマ州で黒人に生まれたというだけで。54人もの死刑囚の執行を見てきた。請願が棄却され続けてもあきらめなかったのは、信念をもつ弁護士や亡くなった母親の声や30年間面会に来てくれた幼馴染だけでなく自らの選択。「だれの身にも災難や悲劇や不当な出来事は起こるものだ。肝心なのはそんな体験をしたあと自分がなにを選ぶかだ。なにを選ぶかによってその後の人生は永遠に変わる。」釈放され初めて言葉「陽は輝くのです」原題:THE SUN DOES SHINE2019/09/18
fwhd8325
67
なんともやりきれない。ただ、黒人と言うだけで犯人に仕立てられ、死刑囚となってしまう。ただ、黒人と言うだけで。1985年のことです。南北戦争の時代ではありません。ついこの間のこと言ってもいいでしょう。おそらく、今もこうした不当逮捕は起きているものと思います。悲しいのはもちろん、怒りに震えながら読みました。希望を失わず、人を憎まずの姿勢は立派だと思います。でもこの現実はもっともっと広く世界中に伝えられなければいけないと思います。2020/03/04
R
46
無実の罪で死刑判決を受けた黒人男性が30年ぶりに解放された、そのドキュメンタリともいえる本人の手記でした。アメリカのアラバマ州というところがいかに黒人差別が酷いのか、また貧困がそれを助長しているということがよくわかる内容だった。死刑制度そのものへの問題提起もしているが、それよりも、正しい裁判が行われていないことが極めて重大な問題だと感じる。30年という年数を奪うという残虐極まりない結果について誰が責任を問われるわけでもなく、彼の赦しのみがあるというのは異常ではないか、義憤にかられる内容だった。2020/06/16
ばんだねいっぺい
35
30年の獄中生活のなか、気が狂いそうになりながらも、前向きな心を失わなかったヒントン。息子に愛情を注ぎ、その土台を作った偉大な母。見捨てた者もいるなか最後まで信じ続けたレスターとシンシア。揺るぎない信念のもと共に闘ったブライアン。そして、赦されぬ罪を犯しながらも、お互いの魂を慰めあった独房の面々。ヒントンの提案を受け入れる所長や看守。ひとりでは、陽は、輝かなかった。それぞれがそれぞれに素晴らしいと思った。我が身の修身へ活かしたい。 2019/08/23
Ayumi Katayama
25
1985年7月31日。アンソニー・レイ・ヒントンは殺人容疑で逮捕された。1986年9月17日。裁判の判決は死刑。そして彼は無実だ。警察を恨み検察を恨んだ。起訴した検察官を殺したいと思った。殺すことを空想した。だがしかし彼は変わる。絶望を選ぶのをやめた。憎悪を選ぶのをやめた。怒りを選ぶのをやめた。代わりに希望を選んだ。信仰を選んだ。なにより愛を選んだ。2020/02/09